死神の鼓動

 姿を消し、敵を葬るものがいた。彼の名はナイトメア――姿なき、死の使者。

「残りは三体か……意外に簡単なものだな」

ナイトメアは、レーダーに映る敵影を確認しつつ言った。ミッションを開始してから、三十分と経っていない。味気なさを感じるのはおそらく、そのためだろう。
今回のミッション内容は、いたって簡単なものであった。ミラージュの勢力内である、とある施設――そこに侵入しようとする輩を全て排除するだけでよい。ただ、敵であるその輩が何者なのかは告げられていなかった。内密に、誰にも知られずに排除して欲しいというのも重要なことらしいのだ。
ナイトメアは元々、暗殺を得意とするレイヴンだ。そのため、今回のミッションは彼の『得意分野』といえる。断らないのは当たり前であり、むしろ、望ましいことだろう。
今回の戦いの舞台は、施設近辺の森であった。木々が多く生い茂っているため、森の中は暗い。元から薄暗い森ではある。だが、時刻的に夜であるので、森は完全な漆黒に包まれていた。
彼の愛機の名前は「シャドーウルフ」。エクステンションとして備え付けられたステルス装置と、いくらか確保された機動力――そして、黒い機体色がその名前の由来となっている。
機動力を確保する意味もあって、武装は極端に少なかった。左腕のハンドグレネードと、右腕のマシンガンのみである。これだけの武装であっても、火力がないわけではない。マシンガンは千発撃てるし、ハンドグレネードにおいては高い熱量を持っている。十分な火力だ。頭部パーツはCHD−MISTEYEというもので、コアパーツはRAYというもの――そして、腕部はGALEというものであり、脚部は066というもので構成されていた。
ナイトメアはにやりと不気味な笑いを浮かべつつ、機体を動かす。

「この闇の中にあっては、私に勝つことなどできない……」

ナイトメアはそうつぶやき、コアに搭載してあるOB――オーバードブーストを起動させる。
即座に、機体の後方で唸るような音が響いた。しばらく間を置き、機体後方で光が凝縮される。その光が弾けた瞬間、シャドーウルフは強力な推進力を得ることになった。急な速度上昇で、ナイトメアの体は座席に張り付く。座席は素材が良いらしい。座席はナイトメアの体を柔らかくキャッチした。
残るターゲットは逆間接MTが三機である。問題など、全くない。ナイトメアは敵に感知されるであろう、ぎりぎりのところでOBを切った。そして、同時にステルスを起動する。

「やはり、全く気づいていないようだな。MT如きでは、私を満足させてくれない……ということか」

ナイトメアは落胆しつつ、シャドーウルフが装備しているマシンガンの銃口を一体のMTに向けさせた。マシンガンからは無数の弾が発射され、逆間接MTの装甲を削っていく。

「きさ……」

逆間接MTのパイロットが声を上げた。しかし、それは途中で途切れた。なぜなら、ハンドグレネードをとどめにくらわされ、機体の原型が分からないほどめちゃくちゃに破壊されてしまったからだ。

「くだらん……実にくだらんな」

ナイトメアは不満げな表情を浮かべ、機体を続けて動かした。一体を倒したからといって、休憩している時間はない。ステルスには、有効時間というものがあるのだ。有効時間を過ぎれば、使用可能回数が一つ減る。全使用回数がなくなれば、ステルスは使用不能となってしまうのである。機体の強みでもあるステルスを、無駄に使ってしまうわけにはいかない――ナイトメアはすぐに、次のターゲットへと攻撃を仕掛けた。

「な、なにっ!」

突然の攻撃に、逆間接MTのパイロットは驚く。機体が黒いため、姿は周りの闇に溶け込んでしまっている。しかも、ステルス装置によってレーダーにも映らない。そしてもちろん、武器のロックもできない。驚くのも、当然といえば当然だ。
「三番機、こちらは敵の……」

逆間接MTのパイロットが、最後の一機に連絡しようとする。だが、それは全く意味のないこととなった。MTはまたも、ハンドグレネードの一撃によって黙らされてしまったのだ。

「馬鹿なことはするもんじゃない……」

ナイトメアは、どこか怒りも混じっているような感じでつぶやいた。またも休まず、ナイトメアは急いで次のターゲットへと向かう。もちろん、ステルスを無駄にしないようにするためである。
しかし、ちょうどそのとき――ステルスの有効時間が過ぎた。

「もう時間か……まぁ、いい」

ナイトメアはステルスの機能停止に気づいて、そう言った。ナイトメアは最後の敵の位置をレーダーで確認し、機体を動かす。シャドーウルフは、逆間接MTに素早く近づく。もちろん、敵に感知されるであろう、ぎりぎりの位置でステルスを起動することも忘れない。

「……悪いな」

ナイトメアは謝るようにそう言うと、シャドーウルフの持つマシンガンを発射させた。そして、同時にハンドグレネードも発射させる。
逆間接MTは消滅した。逆間接MTのパイロットは事態を把握できないまま、何もしゃべらぬままに死ぬことになった。

「敵、全撃破……なんともあっけないものだ」

ナイトメアは、あきれるように言った。これで終わりなら、あまりにも味気ないミッションだ。しかし、まだ終わったわけではなかった。オペレーターから通信が入る。

「レイヴン、新たな熱源を感知しました」

「……増援か」

レーダーを見ると、一機の反応が確認できた。その機体は、かなりの速度でこちらに向かってきている。おそらく、OBを使用しているのだろう。

「敵ACを確認。ランカーAC、ミステリーです!」

オペレーターが、敵の正体を告げた。その間にも、ミステリーと呼ばれたそれは近づいてきている。遠くに見えるミステリーは、赤いブースター色をたなびかせていた。
ミステリーの機体色は紫色である。また、ミステリーの武装は両腕にマシンガン、肩武装にはレーザーキャノンとリニアガンであった。また、エクステンションにはターンブースターを装備しているようである。

「ふふふ……」

ミステリーの搭乗者が妖しい微笑を浮かべつつ、つぶやいた。ミステリーの搭乗者を知るものはほとんどいないが、名前だけは分かっている――ネームレスだ。

「謎のレイヴンか……おもしろい!」

ナイトメアは嬉しそうな笑みを浮かべつつ、機体を後方のミステリーに向ける。そして、同時にOBを起動させた。
シャドーウルフの射程距離に入ると、ナイトメアはOBを切った。そして、対するミステリーも同様にOBを切る。ミステリーも腕にマシンガンを装備しているため、シャドーウルフの射程距離はミステリーの射程距離とも言える――OBを使って距離をとる必要はどこにもない。

「速攻でいかせてもらう……」

落ち着いた様子でそう言うと、ナイトメアはステルスを起動させた。これで、敵はロックができない。そうなれば当然、被弾率は低下するはずであった――。

「ばかな……こちらは動きを止めていないぞ。何より、ロックはできないはずだ。なぜ、被弾率が低下しない……!」

ナイトメアは驚きの声を上げる。ミステリーの攻撃は的確に命中しており、ステルスの影響を受けているとはとても思えない。

「そんなおもちゃで私の攻撃を止めようとは……愚かな」

ネームレスは呆れたように言い、ミステリーの装備を変更させる。変更後のミステリーの武器はリニアガンであった。
リニアガンからは、高速で熱量を持った弾丸が撃ち出され、シャドーウルフを襲った。次々と攻撃を受け、シャドーウルフの装甲はみるみるうちに剥がれていく。

「くっ……このままではまずい!」

ナイトメアは、歯ぎしりをしながら言った。額から汗が流れ出し、顎辺りにまで到達しているようだ。しかも、その汗はぽたぽたとコクピットの足場に流れ落ちている。
シャドーウルフはマシンガンとハンドグレネードで反撃するものの、ほとんどが回避されてしまう。ダメージは増加し、ついに、機体の危険を知らせる警告音が鳴り始めた。

「冗談じゃない……」

ナイトメアがつぶやく。その顔は、何か悪いものでも見たかのようである。その時、OBを使って一体のACがこちらに向かって来ていた。そのACは、ランカーACであるラファールだった。
その機体は『死神』として恐れられており、搭乗者はエクレールという女性であった。
機体色は青を基調とした迷彩。武装は両腕の武器腕ブレードと、肩のロケットのみである。また、エクステンションにはステルスを装備していた。

「レイヴン、味方の信号をキャッチしました!ランカーACエクレールです」

ナイトメアはそれを聞いてすぐ、「頼もしい」と思った。彼女の実力は『死神』という異名がつくぐらいなので、かなりのものがある。十分すぎるほどの救援だろう。
また、ナイトメアにとって彼女は、ステルス使いとして――また、『死神』としての先輩にあたる。常日頃からエクレールに尊敬の念を持っていたナイトメアは、感動していた。

「あなたと肩を並べて戦えるとは……嬉しいことです」

「私語は慎め。とにかく、こいつを片付けるぞ」

エクレールはきっぱりと言い、ステルスとOBを同時に起動させる。一瞬にしてミステリーの背後についたラファールは、ミステリーの左腕を斬りおとした。
ネームレスはすぐに反応し、ターンブースターを二回、発動させる。ミステリーはターンブースターの力で背後を向き、右腕のマシンガンを構えた。

「おっと……こっちを忘れてもらっちゃ困るな」

ナイトメアはにやりと不敵な笑みを浮かべて、言った。シャドーウルフはマシンガンとハンドグレネードを構え、発射した。
ラファールに気をとられたミステリーは避けられず、全弾をもろにくらう。背後からの攻撃はブースターに影響を与えたらしく、ミステリーの速度が急に落ちた。

「貴様は謎が多い……いろいろと知りたいことがあるから、殺さずにおいてやろう」

エクレールはそう言って、ラファールをしゃがませる。そして、その状態でラファールの腰を右にひねらせた。
右にひねりきった瞬間、エクレールはラファールの腰を逆方向にひねり返させた。腰の動きに連動し、ラファールの左腕の武器腕ブレードが右から左へと動く。その一撃で、ミステリーの腰部は真っ二つに切り裂かれた。

「く……くそ……」

ネームレスは悔しそうにつぶやいた。彼の乗るミステリーの下半身は地上に膝をつき、上半身は後方に落下した。
エクレールはラファールから降りて、ミステリーの装甲の上に飛び乗る。そして、エクレールはミステリーのコクピットハッチをこじ開け、ミステリーの中にいるであろうネームレスを引きずりだそうとした。しかし――。

「ばかな……人が乗っていない!?いつのまに降りたというんだ……それとも、始めから乗っていなかったとでも……」

エクレールはただ、驚くだけであった。ミステリーのコクピット内部に人の姿など、どこにもない。

「……結局、ネームレスは未だに謎の多い人物なわけだ」

ナイトメアがエクレールのすぐそばで、「参ったね」とでも言いたげな表情を浮かべつつ、言った。いつの間にか、ナイトメアもミステリーの装甲の上に乗っていたようだ。

「それにしても、助かった……あなたのおかげだ。ありがとう」

ナイトメアは微笑を浮かべつつ言った。話している相手が尊敬している者なので、いつもより少し、ナイトメアは嬉しそうだ。

「……礼はいい。それより、次からはもっといい戦いができるようにしておけ。今日はうまく、私に援護の依頼が来たが……次からはどうなるか分からんぞ?」

エクレールは、極めて落ち着いた物腰で言った。

「そうだな……私はまだ、半人前だ。もっと強くなる必要がある」

ナイトメアは上空を見上げながら言った。上空に見えるものは、暗い空と多くの星たちだけである。

「任務は完了した。私はこれで帰らせてもらう……」

エクレールはそんなことを言い捨て、ラファールに再び乗り込んだ。ラファールはゆっくりと動き出す。ラファールは最初に来た時の方角に向き、OBを使って帰っていった。

「さて……と。私も帰るとするか」

ナイトメアは、背伸びをしながら言った。肩を回しつつ、ナイトメアは愛機であるシャドーウルフに再び乗り込む。シャドーウルフは森の暗闇に溶け込み、帰るべき場所へと戻っていった。
本物と言える『死神』に出会い、彼――ナイトメアはいかなる進化を遂げるのだろうか。
それは、誰にも分からない。もちろん、彼自身もだ。


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