既にこの都市区画が閉鎖してから、いったいどれ程の歳月が流れただろう。
 ショッピング・モールにはかつての賑わいと繁栄の面影も無い。今はただ暗闇の帳と、墓場の静寂さが支配している――だが暗闇も静寂も、唐突に打ち破られることとなった。
 轟音と共にデパートの天窓を突き破り、二体の鋼鉄の巨人が落ちてきた。鋼鉄の巨人――ACは取っ組み合いながら破片と火花を散らし、主光学センサーの紅い燐光を曳いて落ちていく。破片もろとも。
 闇に支配された戦場だが、火花によって照らされた装甲は、二機とも暗い。だが頭部に複数の光学センサーを持つ体では無く、単眼の主光学センサー――俗に言うモノアイを有する機体は一方のACを巧みに組み伏せ、下敷きにして地面に叩きつけた。同時に左腕に装備されたレーザーブレードを起動させ、光刃を腰部関節目掛け叩きつける。
 だが一瞬の内に無力化したACを見下ろす暇など無い。幾筋も闇を切り裂き、収束されたレーザーがデパートの壁面を貫く。即座に機体を屈ませると、ブースタを全開で噴かし、壁を突き破って外に跳び出させた。
 機体を前傾させた体勢のまま、右手に装備されたCWG−MG−500の銃口を巡らせる。
 丁度ビルの陰から機体を覗かせた、異形のMTに向けて発砲。三点射された銃弾は狙い過たず外殻を開けていた本体を直撃。バラバラに引き裂いた。さらに狙点を調整し、短く、コントロールされた短い連射で次々とビルの陰から現れるD−C02−Sをゲームの如く容易さで撃破していく。だがその様子を、ビルの屋上から見下ろす一つの存在・・・・・
 もう一体のAC――管理者が戦闘端末の中核を為す実働部隊ACは暗闇の内で、怪しく主光学センサーを光らせると、ビルから跳躍した。戦術システムが演算した結果を正確に実行――EOを放出し、レーザーの弾幕を張りつつ右手に装備されたKWB−MARS――通称“パイルバンカー”の狙いを、敵手のコアに定める。
 このACのパイロットが並みの――否、トップランカーレベルの腕を持つレイヴンでさえ、この攻撃は避けられないだろう。管理者の戦術システムは、相手の行動を完璧にシュミレートしているため、レーザーを避けてもパイルバンカーが、避けなければレーザーがコアを貫くのは必然――
 確かに標的は避けなかった。
 だがその場でターンブースタを作動、機体をその場で180度反転させると、上空からの脅威に真っ向から向き合った。だが既にレーザーは目前、閃光に漂白されるACの装甲――
 レーザーがACの装甲を貫いた。装甲だけを。
 レーザーの侵入角度を瞬時に判断。僅かに体勢を変え、最小限の損害で切り抜ける――何ら停滞無く、ACはバックユニットの大型ロケットランチャー“CWR−HECTO”の巨大な砲弾を、回避不可能な距離から実働部隊ACに叩き込む。
 大口径ロケット弾がコアを穿つと、侵入角度を僅かに逸れて頭部を吹き飛ばした。そしてこのチャンスを逃さず、さらに弾倉に残っていたロケット弾を叩き込む。いかに通常のACとは比べ物にならない性能を誇る実働部隊ACと言えど、耐え切れる物では無かった。炸裂したロケット弾から生じた熱エネルギーの槍がコアを貫くと、盛大に爆散した。
 炎の照り返しを受けて、ACはしばらくたたずんだままだったが、ゆっくりと歩きだした。搭載されている全てのセンサーを最大限に活用し、入念に周囲を探索する・・・・・・
 やがてこの区画の中央――かつて3大企業が会談に使用していたビルに辿り着いた。
 ここだ。ここが目的地――管理者が存在する中枢への“ゲート”・・・・・

「――こちらアポカリプス。戦闘終了、調査部隊を入れてくれ」

 アポカリプスを駆るレイヴン――“NO.4”は手短に告げると、エントランスに向けてフットペダルを踏み込んだ。


 ――24時間前。
 厚く降り積もった雪を踏みしめて、“NO.4”は街の裏通りを進んだ。
 優に2ヶ月は降り続いている雪は、まるでこの区画を雪で埋め尽くそうとしているかの様だ。本来ならとっくに降り止み、僅ながらも暖かくなる時期に達しているというのに、一向にこの天候が変わる気配が見られない。“異常”に確信を抱いてから――

「ヒッヒィィィ!!」

 目の前にある酒場のドアが乱暴に押し開けられ、顔中血だらけになった二十歳程のチンピラが文字通り転げ出てきた。見かけにそぐわない貧相な悲鳴を挙げて。
 続いて出てきた馬蹄形に禿げ上がった頭に太鼓っ腹の巨漢が、銃身を短く切り詰めたショットガンを空に向け発砲。ドラ声を張り上げる。

「バカ野郎!今度来やがったら首斬り落としてクソ流し込むぞ!!・・・・まったく」

 立て続けの衝撃に、屋根に積もっていた雪が大量に落ちてきた。四十歳も半ばを過ぎたであろう大男は、それっきり気力を失ったかのように肩を落とした。

「・・・・・よう、相変わらず儲かってなさそうだな」

 若干くぐもった声が背後から聞こえると、大男――この酒場の主は電流を流されたかの様にビクリと身を震わせバッと後ろを顧みた途端、驚きに目を見開いた。先程のチンピラにやられたのであろう、鼻血を流しつつ。

「お、お前っ!NO.4じゃないかっ!!?」

「ぺっぺ・・・・そしてそんな物は気にならねぇようだな。トマス」

 口の中に入り込んだ雪を吐き出して、NO.4は、ニヤリと口元を緩めた。漆黒のザンバラ髪に雪をまぶしたまま。


「――実働部隊が本格的に現れてからこっち、とんと不景気でなぁ・・・・何人かレイヴンもやられちまったし」

「・・・・そうかい」

「ホレ、いつもあそこに座っていたBB・・・・・・あいつも逝っちまったよ。どうやら年貢の納め時らしいな」

「・・・・・・・」

NO.4は沈黙のまま、バーボンの入ったグラスを傾けた。
 かれこれここに入って1時間は経つだろう。ここはアリーナに近いため、ファイト帰りのランカーや、そのファンがよく詰め掛けていた。無論、NO.4もその一人だ。ほんの半年前までは、ランカーやファンが語り合い、時には殴り合いにまで発展することも在ったが、概ねここは居心地の良い酒場だった。だが今では、レイヴンもファンもめっきり姿を現さなくなったようだ・・・・・・

「――そう言や、お前さんがレイヴンになってからそろそろ1年経つよな?」

「む、そうだったか?・・・・・早いモンだ」

 微苦笑を浮かべて、また一口バーボンを煽った。それを眺めていたマスター兼バーテンのトマスはニンマリと笑った。

「おう、あの頃はどこのガキが紛れ込んできたかと思ったぜ」

「まぁ、今でもガキであることに変わりは無ねぇけどな。ハッハッハッハッハ!」

「がっはっはっはっはっはっは!」

 親子程も歳が離れたマスターとレイヴンは、豪快に笑った。
 だが笑いながらもNO.4は何とも言えない複雑な気持ちを味わっていた。15の誕生日と共にレイヴンとなった自分が、今や他のレイヴンや上得意の企業からも恐れられる存在に成長していようとは・・・・・だがここはいつ来ても良い所だ。己がいかなる存在に変化しようとも、ここは暖かい――
視界の端で、静かに店の扉が開いた・・・・・・無言のまま、来訪者はしばらく扉を開けっ放しにしていたがやがて扉を閉め、ゆっくりとカウンターに近づき、一つ開けてNO.4の隣のスツールに腰掛けた。
 一言、来訪者――客は短く言い放った。

「トマトジュースを」

「・・・・・・・・ああ、トマトジュースね。少し待っててくれ」

 しばらく呆気にとられていたトマスだが、いそいそと店の奥に姿を消した。残されたNO.4はバーボンをグラスに注ぎ足す。客は無言のまま座っていたが、やがて口を開いた。低く、感情を押し殺した声で。

「・・・・・・・・・・・・何故、戻ってきた?」

「久しぶりに、ここの酒が飲みたくなったんでな」

「遊びに付き合ってる暇は無い」

「これが遊びと思うんなら、相変わらずの甘ちゃんだな。アップルボーイ」

「・・・・・正気ですか、あなたは今、企業からも狙われているんですよ?それをノコノコ出歩くなんて――」

「始末した」NO.4はそっけなく答え、続けた。

「ここに来るまでに、何度か殺し屋を送り込んで来やがったよ」

「・・・・・・・・・・」

 アップルボーイは何かを言葉にしようとしたが、結局口を二度三度開閉させただけで声は出なかった。

「心配するな、ここは企業のテナントも多い。奴らもこんな近くに俺が居るとは思わんだろう」

 安心させるためか、NO.4は微笑を浮かべ、柔らかい口調で続けた。だがアップルボーイは苦い表情のまま、言葉を紡ぐ。

「そうやってあなたは、全てを敵に回すつもりなんですか?“イレギュラー”として・・・・・確かに管理者の行動は異常かも知れない。だけど何もあなたが倒す必要は無いしょう!?企業に任せましょうよ、きっと何とかして――」急に噴出した感情に任せ、アップルボーイはまくしたて様と――

「企業に任せて・・・・それからどうなるんだよ?」

 今度は、打って変わってNO.4の声から暖かみが消えた。

「てめぇの生き方はてめぇで決める事だ。それが何モンだろうと、他所様に預けるなんざゴメンだ」

 低く静かな声が――まだ16歳の少年にしては、信じられない程の威厳を伴って部屋に響いた。大きな声では無かった、だが小さな声でも無かった。だが断固として否定する者を許さない響きがそこに含まれていた。

「だけど、管理者を破壊してその後、“君”はどうやって生きて行くんだ?“カーレル・ヴァレンシュタイン”」

「さぁな・・・・まぁ、とりあえずどこかに隠れる事にする。レイヤードがこれだけ被害を受けてるんだ、企業も権力争いやら復興やらにかまけて、“イレギュラー”の追跡までは手が回らんだろ」

 そう言ってヴァレンシュタインは、バーボンの代金をカウンターに置くとスツールから立ち上がった。半分中身が残っているボトルを掴んで。
 うなだれたまま、言葉を紡ぎ出せないでいるアップルボーイの肩を優しく叩くと、さっぱりとした口調で別れを告げた。

「じゃあな、お前と逢えて良かったぜ。エースのダンナによろしく言っといてくれ。トマス、酒ごちそうさん!いつかまた来るぜ!」

 颯爽とした足取りでヴァレンシュタインは扉を潜り、雪の中に姿を消した。扉が閉まる音が響くと、奥に消えていたトマスが戻ってきた。手にはトマトジュースのパックを持っているが、大方隠れて二人のやりとりを聞いていたのだろう・・・・・

「行っちまったか・・・・ここは――レイヤードは奴には狭かったのかもしれんな」

 そう言いつつタンブラーにジュースを注ぎ、うなだれたままのアップルボーイに出した。そしてカウンターの下から、おもむろにウォッカのボトルを取り出し、手近なグラスに注いでグイと煽った。

「ぷはっ・・・・なぁに、アイツなら何とかなるだろう。なんせ・・・・“イレギュラー”だからな」

 “イレギュラー”――この忌まわしい存在がいつ、どこで現れたのかは誰にもわからない。だが出現すれば必ず、この世界の均衡を崩す存在となり、血と硝煙にまみれた戦禍が繰り広げられるのだ。

「僕は・・・・そんな事が怖いんじゃない。管理者が無くなっても、今度は企業がしゃしゃり出てくるのは決まっているんだ。何も変わらない。だがそんな事より、僕は――カーレルと戦う事が怖いんだ・・・・・・・」

「そうなるかは分からんぜ、あの雪を見ろ」

 そう言ってトマスは窓の外に降っている雪を示した。

「降り止まない雪なんざ有り得ん。あいつもいつかは戦うことを止める時が来るだろうよ」

 ――酒場を出て10分も経たない内に、企業の刺客が現れた。ご丁寧にこんな街中でMTまで投入してくるとは、いやはや、何とも嫌われた物だ。
 追撃を振り切り、ヴァレンシュタインはようやく隠しておいた愛機――アポカリプスのコクピットに滑り込めた。即座にシステムを起動、ジェネレーターが駆動する振動と共に、様々なシステムが機体をチェック・・・・・・さぁ、殺しの時間だ。
 主光学センサーが白く彩られた世界の中に、企業の専属と思しきAC3機をメイン・モニターに映し出した。レーダーは更に、接近してくる航空機、戦車――諸々の敵を捕らえた。

「これが最後の出撃だな・・・・そして、表へ出る最初の一歩か」

 ヴァレンシュタインは一人、コクピットの中で呟いた。
 つい先程(追撃の最中にだ)、ユニオンから最後の依頼を受けた所だった。既にオペレーターには合流するよう指示を出しておいた。後は俺だけだ・・・・
 もはや何も語る事は無い。“NO.4”――否、“イレギュラー・ザ・ヴァレンシュタイン”はフットペダルを踏み込む。機体は力強く、その鋼鉄の脚を繰り出し、真っ白な新雪に足跡を刻みつけた。


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