プロローグ

「ふぅ・・・・・・。」
地上に存在するハンデクットシティ内、ヘデム・ニキルはすれ違う人々を横目で流しつつ歩いている。自慢の薄茶のジャンパーは、空から降る雪により所々湿っている。
「寒いな・・・・・・早いうちに仕事終わらさないと。」
適当に短く刈った黒髪を掻き毟り、ため息を漏らす。
唯一人々が平和で楽しく過ごせる日、即ちクリスマス・イヴまで後二日。周りを歩く彼らは、皆大きい紙袋や包みを大事そうに抱えている。来る日に備え、急いで準備を整えているのだろう。
だがヘデムにとってそんなことはどうでも良いこと、いや、むしろ喜ばしいことだった。
ふと、目線を前にやると前から一人の男性が歩いてくるのが見えた。四十代ぐらいで、高級そうな黒いスーツに身を包み、右手にはやはりダイヤが散りばめられた高級そうな腕時計がはめられている。
「おっし、あいつにすっか。」
ジャンパーに突っ込んでいた右手をゆっくり外に出し、足を早める。
男性とのすれ違いざま、ちょうど一台の車が側を走ってきた。タイヤが道路の脇に積もった雪を弾き、二人に向け飛ばす。
「おっとと。」
その雪から逃げるように、ヘデムは男性にぶつかる。ぶつけられた男性の方もヘデムに悪気がないと思ったらしく、微笑みながら一礼し、急ぎ足でまた歩き出す。
「娘がお家で待ってる、てね。」
誰にも聞こえぬように小さな声でそう呟くと、やはりヘデムも歩きだした。外に晒されていた右手はいつの間にかポケットの中に収まっている。 しかしどういう訳かやたらポケットの膨らみが大きい。
「へへへ・・・・・・。」
ポケットの中にあるそれを想像しながら、思わず口元が歪む。だが決してすぐにポケットからそれを取り出さない。
十字路にさしかかり、赤信号で足を止められている間ヘデムは車の走り具合を確認するフリをし、後ろを振り向く。先程ぶつかったあの男性の姿は、既に人の流れの中にかき消されていた。
「さて、俺も帰るかな。」 歩行者用信号が青に変わった。と同時に、歩きだした人々と共に、ヘデムも横断歩道を渡る。
管理者が崩壊し、人々が地上へ進出してからはや数年。本物の空がそこにある。そしてそこから本物の雪も降る。だが企業達はそんなことには目もくれず、次の目標を既に定めているという。
ヘデムはそんな空を見上げ、寒さと、またも今日の獲物の事を想像し、一瞬身震いをした。


第一節 カードキー



大分雪と風が強くなってきた。おかげで目の前の視界は、白いカーテンで覆われたように見えにくくなる。
悴んだ手に暖かい息を吹きかければ、その分暖かくはなる。が、暖かい息は急激に冷やされ、うっすら手のひらを濡らしていくだけだ。
十字路を渡った先にはこの街有数の繁華街がある。そこに行くにつれ、行き交う人々もどことなく派手な身なりとなってきた。
その一角のとある小さな店へとヘデムは足を運ぶ。ドアはここにしては珍しい横開きのタイプだ。窓から外の華やかな光が差し込んではいるが、電灯が点いていないため薄暗い。
・・・・・・誰もいないのだろうか。
「おぅい。親爺いるだろ?」
しかしヘデムはそんなことを気にする素振りを一切見せないで、室内にも関わらず声を張り上げた。するとヘデムから見て左隅の方で、ゴキブリが這い回るような奇妙な音が聞こえた。外からの光の筋を頼りに、目をよくこらして見ると深緑のジンベエを羽織ったハゲ頭の老人が、なにやらタンスの一番下段の棚の中を漁っていた。
「やあやあ。今日もお仕事をなされてきたようですね。」
ヘデムの声に気づいた、親爺と呼ばれた老人は、彼の方を振り向き深々と一礼した後、丁寧な挨拶をしてきた。彼とは顔見知りである、と言った感じの優しげな口調だ。肘に手をつき、低い唸り声を上げながら立ち上がると側の柱に設置されている電灯のスイッチを入れた。程なくして部屋に明かりが灯る。室内にはガラス張りの棚が並んでおかれており、中には年代物の壷やら茶碗やらが雑然としまい込まれていた。
「獲物は一つだけだけどな。」 「おや? 珍しいことで。」
「へへへ・・・・・・その分ボリュームはあるぜ。しっかり査定頼むわ。」
ヘデムはおもむろにジャンパーの右ポケットに手を突っ込む。本日の獲物を取り出しそれを親爺に向けて放り投げた。
「これは・・・・・・立派な牛皮ですねな。」
親爺は己の手のひらに乗っているものを、まじまじと見ている。
大人の片手よりもやや小さな牛皮の財布。所々皮がはがれ落ち、下地の布が露出している。中に大量のカード類が押し込められ随分と分厚い。
親爺はそれを古ぼけた、妙に漢方薬の臭いのする長机の上に広げ、すぐ側に置かれているランプの火を灯す。
いよいよ査定だ。今日の獲物は一体幾らになるのだろうか。そんな事ばかりがヘデムの意識を支配していった。




ところでこの親爺。既に古稀を迎えているが、未だにボケの一つも無い健全な老人であるというから何とも滑稽である。
本来は骨董品の鑑定が生業なのだが、ここ数年はそれよりも正規のルートに流せられないような物品を扱う、いわば裏商業の仲介人としての仕事の割合が増えてきた。といっても、骨董品を扱う中でそのような品の鑑定をしたことも少なくはないし、嫌が応でも裏社会の噂を耳にした事はあったので大して後ろめたい気はしなかった。
今も、ヘデムから渡された牛革の財布の査定中だ。もちろん財布そのもの、ではなく、中に入っているカード類の査定なのだが。
こういった類のために、データを読みとる特殊なスキャナーも購入した。鑑定士としての情けは、お得意さまからの仕事依頼をこなしていくうちに次第に押さえ込まなくてはならなくなり、いつしか忘れてしまった。
だからといって完全に鑑定士の職を手放したわけではない。ガラス張りの棚の中で名残惜しそうに犇めいている彼のコレクション達を眺めるたび若き日々を思い起こす。
それにしてもこのヘデムという青年――いわゆるスリ――は一体私のことどう思っているのか。こんな七十過ぎの、片足を突っ込んでいる爺に盗り物を鑑定をさせる事に抵抗はないのか。はたまた私がこのような心境であることを少しでも察しているのか。
財布の中からカードを一枚ずつ取り出しスキャナーに通していきながら、親爺は心の中で呟いた。どうもこの財布の持ち主はミラージュの中でもかなりの権威を持った人物のようだ。一般の会社のクレジットカードに混じって、青い菱形のエンブレムが張り付けられたIDカードや顔写真入りのカードキー、一部の富豪達しか持てぬ金や黒に輝くカードが挟み込まれていた。
スキャナーに通す度軽快なアラーム音が鳴り、目の前に広げておいたノートパソコンには数字やら記号やらが無数に列をなし表示される。
親爺はこの数字を詳しく知らない。ただ長年の鑑定士としての経験やカンで、大体の値打ちはつけられる。このような裏商業に手を染めた当初、ある賊から頼まれた物品に適当な値段をつけてしまい、逆襲されるという事件が起きた。その時親爺は若く、ある程度の武器があったことや、付近の商業上の友好関係を持ったガード達の協力で何とか追い返せた。
以来己の鑑定力を今以上に上げる必要が出てきた。が、お陰でそれから大きな失敗はしていない。
不意にパソコンから警告音が鳴り、親爺は手を止めた。




「ん・・・・・・どうした?。」
パソコンの警告音に気づいたヘデムは親爺の後ろに回り込む。ディスプレイには大きく「ERROR」の文字が表示されていた。
「これは最後の一枚ですが・・・・・・どうも私のものではデータを読み込めないようです。」
そう言い、親爺は手にしていた銀色のカードのような物をヘデムに見せる。
それは全く他のカードの類と同じ大きさをしていた。唯一違うところと言えば、裏表が銀色で統一されている点だ。
黒のラインは存在しているが、データを読み込めなかったという事から初めから中にデータは記憶されていなかったのだろうか。それとも・・・・・・
「ふむ。これは困りましたね。残念ながらデータの読み込めない物はこちらでは買い取れません。」
ご自慢のスキャナーを見据えお手上げのポーズをとる親爺。一方のヘデムはやはり不服といった表情だ。
親爺から銀色のカードをぶんどり何度も表裏をひっくり返し丹念に調べるが、直ぐにあきらめ肩を落とす。
「玩具の類でしょうかね。」
親爺はイタズラっぽく微笑んで見せると、電卓を懐から取り出し巧みにボタンを押すと、これまでの盗り物の合計買い取り金額をヘデムに見せつけた。
電卓の画面に表示された金額は6000コーム。スリの仕事の報酬としては十分すぎるほどだ。
「かなり貴重な個人データや高額なクレジットカードもありましたから。」
「でもやっぱりなぁ・・・・・・。」
どうにもヘデムは不服の様子である。
だがこういう事は初めてというわけではない。ある時は中身すべてがどこぞのスーパーの商品券が詰まっていた事も、又ある時は有効期限の切れたクレジットカードが混ざっていた事もあった。それでもやはり今回の盗り物はかなり自信があったようだ。彼の今の顔は、正直顔面蒼白という言葉がよく似合う。
「これでも奮発したのですから、我慢して下さい。」
「・・・・・・はいはい。」
「ではいつものように貴方の口座に振り込んでおきますよ。」
「・・・・・・はいはい。」
肩が外れそうなまでにガクリと下ろしヘデムは店から出る。ちょうどその時、親爺が何か言っていたようだがヘデムの耳にはとても入っていないようだった。
気づけば外の雪も風も止み、人数もまばらになってきている。
急に寒い場所に出たため、身震いが勝手に起きた。ヘデムは仕方なしに帰路につく。
だが、その姿をじっと見据える銀髪の男が居たのを、彼は知らない


第二節 電話



ヘデムの自宅は親爺の店より歩いて数分のアパートの一室だ。九畳の部屋が一部屋、トイレ、バス、キッチン付きで、普通に使えば大した不自由はないはずなのだが・・・・・・
「いい加減掃除しないとな・・・・・・。」
己の部屋の悲惨な有様を一瞥しため息を漏らす。床には脱ぎ捨てた衣類やゴミが散乱し、足の踏み場など無い。いつもいい加減捨てないと、と思うのだが、男の性、というのか、ゴミの日や掃除するタイミングを逃してしまう。
明日は燃えるゴミの日か。壁に掛けられたカレンダーに目をやり呟く。 適当に燃えないゴミをビニール袋に包んで玄関の方に投げ捨てた。直ぐに分かるようにしておかなくては、益々部屋の中でゴミが堆積していくからだ。それでも未だ部屋の整理は完了したとはとても言えない。
さて、今日はもう遅い、掃除は明日にするか。適当に寝床を作って就寝しようとした矢先、突然電話が鳴り響いた。室内に備え付けのその電話は、彼にはまるで自分を迎えに来て欲しいと駄々のこねる子供に見えた。
しかし何にしたって黙っていても鳴り止みそうにない。随分重たくなった瞼を擦り、受話器を手に取る。どうせセールスの類だろう。もしくはガードか、思わず心の中で愚痴をこぼす。
『・・・・・・カードキーを持っているな。』
いきなり向こう側から話し掛けられた。
男性の声で、自分と同じか或いは少しばかり年上と行った感じだ。冷たく、高圧的な喋り方といった印象を受ける。どうも彼の予想していた人物とは明らかに異なる。かといってガードの可能性も捨てきれない。ここのシティにいるガードのデータは全て頭の中に入っている。しかし、もしかすると新たに配属されたガードがいるかも知れないからだ。
「カードキー?」
『銀色のカードの事だ。』
一瞬カマを掛けてやろうかと考えていたが、流石にそれはまずいようだ。やはりここは冷静に対処すべきか。
『一度しか言わない。明日午前六時四十二分。バー「ストラトタイプ」にそれを持って来い。来なければお前は死ぬ。』
電話の男は間髪入れずにそう告げると一方的に電話を切った。
電話を切るときのあのノイズがヘデムの鼓膜を激しく揺さぶる。しかしそれに対する反応は全く見せず、ヘデムはその場で呆然と立っている。
来なければ死ぬ。とはどういう意味だろうか。果たして呪いがかけられたとでも言うのか。いやそんな訳無いか。自嘲しながら首を振った。




上着のポケットをまさぐり、あの銀色のカードを取り出す。
数時間前に立派な身なりの男性からスった財布。その中に入っていた銀色のカード。
あの電話の主の言っていたのはこのカードと考えて良いだろう。とすればやはりガードか。いや、それならばもうとっくに俺は捕まっている筈だ。その線は考えにくい。
イタズラ電話だとしてもやたら内容が詳しすぎるか。だが、第一ヘデム自身今まで様々なカードを見てきたが、こんな銀色で統一されているカードは見たことがない。恐らく希少かと思われるものを、果たしてイタズラに使う物好きが居るだろうか。
どちらにせよ明日になれば判ることか。銀色のカードを今度は自分の財布に差し込み、そのままソファーの上に横になった。

「ストラトタイプ」は繁華街の外れ、要は居住区の中に立てられている。今時珍しいログハウス風の内装で注目を集めているバーだ。
この時期忘年会等で非常に込み合うことがあるのだが、今は朝の六時半。いくらこの店の開店時間が午後十一時〜午前十一時の十二時間営業とはいえ、朝っぱらから飲む奴など早々いない。当然店内にいるのは、夜通しのみ続けて酔いつぶれた一部の客だけである。
ヘデムは酔った客にカラまれないよう、カウンターを陣取ることにした。
メニューを一通り確認し、熱燗を一本注文する。他の酒に比べ時間がかかるが、その間店内の客を一瞥し、電話の主と思われる人物を探す。しかし誰も酔いつぶれ、テーブルに突っ伏していてとてもそれらしき人物――受話器を通してでさえもハッキリと判った、殺気にも似た感覚を持った人物――は居ない。
しかし受話器の声だけで人柄を判断するのは愚かなことか。自嘲し、左右の指を組む。
時計は六時半を指している。早く来すぎてしまったらしい。
指の組み替えが五回目を迎えた時、ようやく熱燗が出てきた。徳利の口から湯気が立ちこめ、器全体も未だ熱い。口元だけを静かに押さえ、酒をお猪口に移していく。
数杯酒を呷り程良く酔いが回ってきた頃、彼の携帯電話が、鼾やグラスを磨く音がする中、一際大きく鳴った。
手にしたお猪口を一旦テーブルに置き、ポケットから携帯を取り出す。サブディスプレイの時計を見た瞬間、一気に酔いが醒めた。
時刻、六時四十二分。電話の主が指示した時。
「・・・・・・もしもし?」
いくら落ち着けと言い聞かせても、何故か声が震える。別人からの電話の可能性だって十分にあり得ると言うのに。


3

だが、すぐさま彼の予想は現実のものとなった。『時間通りに来たな。』
昨晩と同じ、あの声。
目の前でグラスを磨くマスターに悟られぬよう、背を向けて携帯を握りしめる。
「あんた誰だ?」
先手をとり、今度はヘデムが尋ねた。
『・・・・・・今は話せない。』
「て事はその内答えてくれるんだな。」
揚げ足を取るようなヘデムの言葉に、思わず携帯の向こうから苦笑する声が聞こえてきた。
『では・・・・・・本題にはいるか。もうすぐお前を迎えにそこへある男がやってくる。そいつについて行け。』
「そいつはどんな男かな?」 『一人だ。すぐに判る。』
「・・・・・・まさか俺を捕まえてガードに引き渡そうとか思ってんじゃねぇだろうな?」
ヘデムは一際声を小さくし、携帯に囁く。
『心配するな。どのみちお前は現行犯でなければ捕まえられないだろう?』
「詳しいことで。」
その通りだ。口角を上にひきつらせ笑みをこぼす。
ヘデムのようにスリを働くものは基本的に現行犯でなければ捕らえることは出来ない。希に盗り物を自宅に保管しているのがばれて捕まる人もいるが、ヘデムは全ての盗り物を親爺に渡して換金しているのでその心配は無かった。
と、そこへ室内に扉が開く音が響く。
入ってきたのは二人組の男と女だった。両方とも年輩だが親爺よりは一回り若そうな雰囲気で、片方は黒のロングコート。もう片方はベージュのベストを身につけている。ベストの男性は寒そうに身を震えさせているが、隣の女に何やら話しかけている。一方のコートの女はハンドバックを大事そうに抱え男の話に相づちをうつ。
一瞬冷や汗が額滲んだが、ほっと胸をなで下ろし携帯を耳に当て、話を再会した。
「今老夫婦が入ってきたぜ。明日はイヴだしな。なんとも幸せそうだ。」
ため息混じりに呟く。
ヘデムが老夫婦と勝手に決めつけたその二人は、同じくカウンター席に、ヘデムとは席三つ分離れた場所に腰を据えた。
『ともかく、後の事はこちらについたときに聞け。・・・・・・切るぞ。』
そう言うや否や、携帯から聞こえる音が等間隔の電子音へと切り替わった。
安堵の笑みを浮かべ携帯を折り畳む。
そして徳利に手をやり、続きを始めようとした瞬間、急に尿意を催してしまった。
ここへは何度か訪れているからトイレの場所は知っている。カウンター席の側の細い通路の向こうだ。
何時迎えが来てもいいように、ヘデムは直ぐにトイレへと続くその通路の間に入っていった。


第三節 合流



トイレの内装は店内と異なり、男性用は淡い青色、女性用はピンクのセラミック製の板で造られている。また、桜の芳香剤の香りも相まって、時たま別世界に迷い込んだ気分に陥ってしまう。
暖房器具は設置されているが、大した役目を果たしていないので正直寒い。用を足している最中何度もヘデムは身を震わせた。
さっさと用を済まして、チャックを上げる。洗面台の前に立つと、蛇口のコックを捻り手を洗り始めた。
ふと顔を上げ鏡に映る己の顔を見る。
僅かの沈黙の後、トイレ内でため息のような笑い声が響いた。
「へへへ・・・・・・そろそろ髭剃らなきゃな。」
コックを閉め、手を拭いてから顎を触る。鏡に映った自分の顔ではハッキリ判らないが、触ってみると、無精髭のあのざらざらした感触があった。
「ん・・・・・・?」
トイレの扉が鈍い金属音を唸らせ開けた。
扉の向こうから姿を表したのは、先ほどのベストを身につけた老人だった。
目があい、お互いに軽く会釈をする。彼は室内を一瞥するような振る舞いをした後、ゆっくりとした足取りで入ってきた。
歩く度に老人の履いている革靴特有の甲高い足音が響く。ヘデムがコックを締め切ったため、もう室内にはその音しか存在しない。その為か、妙にそれがヘデムにとって異様な物のように思えた。
今日の夜に絶対髭を剃ろう。そう心に決め、振り返る。が、そこで彼の足はぴたりと止まった。
なぜならば、目の前で先ほど会釈した老人が仁王立ちをしていたのだ。しかも右手にハンドガンを握り、自分の頭に狙いを定めて。目は据わり、その風貌とは相反し、その手のプロ、つまり殺し屋の類であることは直ぐに判った。
この状況でこのハンドガンが本物かどうかを決めることは出来ない。かといって下手に手を出すのも得策とは思えない。とりあえず、まずは両手を上げる。どういうことなのかを考えるのは後回しだ。例えこれがイタズラの一種だとしても。
老人が更に詰め寄った。銃口がヘデムの額に密着する。
そして一方のヘデムは、老人に気取られぬぐらいの僅かな体重を、銃口を押し返すようにして前にかけた。
「一体全体どういう事かな?」
とヘデムが老人に尋ねる。
「カードキーを頂く。」
「・・・・・・俺は生きて帰れるのかな? ちなみにカードキーなんて言われても俺には――」
そこでヘデムは口を噤んだ。
・・・・・・あの銀色のカードの事か。
ヘデムは表情を曇らせ老人は半歩詰め寄った。




「それなら俺の財布の中さ。」
ヘデムは目でジャンパーの右ポケットを示す。
老人は引き金に指を掛けたままボケットに左手を突っ込み財布を取り出した。
直ぐに折り畳み式の財布を片手で器用に開ける。例の銀のカードは開けたところ、カード用のスペースの、一番手前に差し込まれていた。
「確かに。」
老人は横目で目標の銀色のカードを見た後、財布ごとベストのポケットに収めた。と、同時に銃口の額への圧力が強くなる。
「やっぱ俺撃たれるのかよ・・・・・・。」
半ば諦め気味にヘデムが呟く。それが聞こえたのか、老人は穏やかな笑みを浮かべ、
「安心を。痛みの無いよう、一発で逝かせる。」と告げた。
どっちみち殺すんじゃねぇかよ。
心の中でそう毒づく。だがこのまま死ぬのはスリとして、何よりヘデム・ニキル自身のプライドが許さない。
「せめて最後に煙草が吸いたいなぁ・・・・・・。そうだ、ジャンパーの左のポケットに煙草入ってるんだが取ってくれない?」
わざと目を泳がせる。実のところ、ポケットに煙草なんか入っていない。
「駄目だ。」
だが老人の表情は一変し、冷ややかな目線がヘデムに突き刺さる。
「大方逃げる機会を伺っていたのだろう?」
「へへ・・・・・・バレてた?」「あまりからかわないで欲しいな・・・・・・さて、御託はそろそろお終いにしようか。」
老人が一歩迫り、左手でヘデムの口を塞ぐ。
一瞬ヘデムは驚き抵抗を示すが、思いの外老人の力が強い。
次第に口全体に、キリキリと締め付けるような痛みが広がる。
「(そろそろ頃合いかな・・・・・・。)」
「・・・・・・!?」
ヘデムが心中で呟くのと老人の表情が一変するのはほぼ同時だった。
ヘデムの額を押さえていたハンドガンをはねのけるように、彼がが首を振る。押さえつけていた左手もそれに合わせ、引っ張られる。
不意の行為に、慌てて老人は左手の力を強めようとするが、なぜか思うように力が入らない。
次第に老人の上半身も、ヘデムに「引っ張られている」左腕に牽引され、前につんのめる。
一気にバランスを崩された老人は、おもわずハンドガンの引き金を一度引いたが、眼前に迫る拳を最後に気を失い、床に倒れた。


「ふぅ〜。久しぶりに当て身なんかやったけど、まあ上手くいったみたいだな。ヘヘへ・・・・・・芸は身を助けるってか。」
己の鉄拳を喰らい、地べたに気絶した老人を見下ろしながら、今度はちゃんと口から、ヘデムは言葉を発した。




「早速返してもらおうかな。あとオマケも。」
未だ気を失ったままの老人を仰向けにひっくり返し、ベストのポケットを漁る。程なくして自分の財布と老人の財布を取り出し、それらを自分の左右のポケットにそれぞれ一個ずつ押し込んだ。
ついでに、とハンドガンも拝借する。一発だけ放った弾丸は、鏡に直撃し粉々に砕いていた。
サイレンサー機構が内蔵されているらしく、その時銃声は聞こえなかった。
マスターや、ほかのお客さんに気づかれなかった事に胸をなで下ろす。
しかしこれからどうしたものか。
眼下では老人は気絶しているし、銃声は鳴り響かなかったが、丸く空いた穴を中心に粉々に割れた鏡は明らかに「撃った」証拠になる。
とりあえず老人を個室に押し込む。
外側から鍵は掛けられないのでそのまま放置という形になるが、文句は言えまい。
「・・・・・・んん?」
そして、個室の扉を静かに閉めたその時、突然室内の空気の流れが変わった。
先ほどの老人とは別の、それ以上の殺気。それがトイレのドアの向こうから立ちこめているのがハッキリと判った。
「あの老人のお連れの方か・・・・・・。」
ハンドガンを握りしめ、恐る恐るドアに近づく。「今度は大蛇か鬼か、よっし。」
ドアノブに手を掛け、一気に引いた。同時に、開いた扉の影に隠れ向こう側の様子を伺う。
だが幾ら経っても、何一つ変化がない。・・・・・・いや、一つだけ、見えざる変化があった。
先ほどまで室内に蔓延していた殺気。それが全てぬぐい去られていたのだ。
暫く手持ちぶさたにしていると、扉の反対側で鈍い音がした。何か重たいものが倒れるような音だ。
その後に続けて、足音が響く。だが革靴特有の甲高い音ではない。敢えて言うなら運動靴のゴム底が擦れるような音だ。
「よう。迎えに来たぜ。」
音の声が聞こえた。ヘデムが想像していた老婆の声ではなかった。自分より年上といった印象を受ける。
「迎え・・・・・・?」
ヘデムが淡々と答える。
「電話の内容。忘れたのか?」
姿無き声が呆れた様子で言った。
「ああ、あの事か。」
「そういうこと。ホレ、早くしないとガードが来るぜ。」
扉の端から手が延びてきて、手招きをする。
「いまいち信用しきれねぇけど・・・・・・今更、ねぇ。」
「御安心を。」
ヘデムの落胆した声を聞くや否や、姿無き声はトイレの中に足を踏み入れ、姿を表した。
「運送屋ガレフ本舗代表、ガレフ=ラーレフに嘘は御座いませんよ。」




ドアの影に倒れている老婆はただ単に延びているだけだという。
一応安心したヘデムは、やはり老婆のハンドバックを漁り財布やら貴金属やらを頂戴した。その最中ガレフと名乗った男はずっと苦笑していたが、ヘデムはいっさい無視し続けた。
マスターへはトイレの内装代を含めて老人の財布の中から適当なカードを選んで手渡し、このカードの全額使っても構わないから、その代わり返さなくても良い。と伝えた。もちろん内装代込み、というのは教えなかったが。怪訝なそうな面もちでヘデムを見たが、どうせそのカードの残り金額はそれほど多くない。と言うとそのままマスターは懐に収めた。
店内に残る二日酔いの軍団を後にバー「ストラトタイプ」から出る。 ガレフが、乗ってきたという一台のジープを指さした。軍用ジープを青く塗り変えた車体だ。
ヘデムが隣でその姿を覗く。
顎には自分よりも無精髭がボサボサに延びている。目は大きいが、ややタレ気味。髪型は、角刈りと呼べそうだ。
淡い青色の作業用ツナギの上に、深緑のジャケットを羽織っているため、体つきはどれほどか、伺い知ることはできない。だが肩幅は広く、背筋はしっかりと伸び、がっちりとした体型であることは直ぐに分かった。
ガレフはジープの運転席に、ヘデムは助手席に乗り込む。
アクセルをふかすと、ジープは生命を取り戻したかのように走り出した。

暫くジープは繁華街を走り抜けると、工業地帯へと出た。さらにその先へ進むと、周りが廃墟の連なる場所へとたどり着いた。
嘗ては何か小規模の工場だったと思われる地帯の間の、細い通りに入る。辺りは繁華街のような華やかさは全く無く、ただジープのライトが照らし出す場所だけが、微かに輝いているように見えた。
やがて廃墟の工業地帯の一角、まだ幾らかマトモで損傷の少ない建物。その手前でジープは止まった。
ガレフに助手席にいるよう促され、そのままシートに深くもたれる。一方のガレフはジープから降りた。そしてその建物に近づき、奇妙に飛び出しているレバーを下げる。すると1tトラックが楽々通れそうな観音扉が錆びが擦れる深いな音をたてて開いた。
再びガレフがジープに戻ってくる。
「じゃ、行きますか。」
何とも気楽な声でガレフが言う。
ヘデムの意向を聞く間もなくジープは走り出し、観音扉の奥へと進んでいった。
中は薄暗いが、どうも格納庫らしく、外装の見窄らしさからは想像もできないほど立派な設備だ。




建物の中に完全にジープが入るとガレフはエンジンを切った。
今度はヘデムも共に降りる。
ガレフは観音扉を向き、やはりその近くにあったレバーを、外にいたときと同じように下げる。
扉が閉まり出すより早くガレフはヘデムの方に振り向き、少し目線を上に移してから、
「オルダー! 連れてきたぞ!!」
こう大声で叫んだ。
「そんな大声でなくとも聞こえている。」
奥の方から男の声が返ってきた。それはヘデムに聞き覚えのある声。不覚にも、身震いが起きる。電話から聞こえてきたあの冷たい声とほぼ同じだったからだ。
突然、一斉に天井のライトが光り目の前が眩しくなる。
瞼を手のひらで覆いながら、声のした方を見ると、天井を支えるために規則的に並んだ何本もの赤茶の鉄柱の姿が確認できた。
そしてその内の一つの脇に、ライトのスイッチと思われるものを触れている男が居た。
全体的に黒いが、所々白の細いラインの入ったパイロットスーツ。やや長めの銀髪を後ろで一つに束ねていて、すらりとした体型。目は敢えて細目にしているのだろうか、目尻がつり上がり気味なことも相まって、にじみ出る威圧感は十分すぎるほどだ。
「アンタが電話の主か。」
気後れしないよう、自ら一歩踏み出し、ヘデムは尋ねた。
「ああ・・・・・・。少し乱暴なやり方ですまなかったな。」

オルダーと呼ばれた銀髪の男はゆっくりと、しかし確かな歩調で二人との距離を詰めてくる。
不思議なことに、距離が近づくにつれ威圧感は徐々に薄れていく。それどころかそれは、ある種の穏やかさ、にも感じ取れた。
「改めて自己紹介をしよう。俺の名はオルダー。レイヴンだ。」
「レイヴン・・・・・・。」
ヘデムは何よりその単語に過敏な反応を示した。
「レイヴンは嫌いか?」
オルダーのその言葉には一切の憤りは感じられない。表情は僅かに弛み、それは些か笑顔に似ていた。
「いや・・・・・・そういう訳じゃないんだけどな、どうも慣れないもんで。・・・・・・ガードならもう少し話しやすかったんだけど。」
「・・・・・・。」
「あ、すまんな。妙なこと言って。」
「気にするな。こういう事は「慣れて」いる。」
オルダーは笑顔でヘデムの非礼に受け答えする。そして、話がしたいから、という事で自分についてくるよう促すと、足早に奥へと姿を消した。
「ヘヘへ・・・・・・。」
「ん? どうした?」
「ちょっとね。知り合いにあの旦那と似たようなのがいて、さ。」


第四節 侵入



ヘデム達のいた場所は格納庫だという。その隅に一室の部屋があり、二人はそこへ通された。
「先ずはこのカードの説明からしようか。」
ヘデムの隣にガレフ、長方形のテーブルを挟んで反対側にオルダーが、パイプ椅子にそれぞれ座る。オルダーはヘデムから銀色のカードを受け取ると、天井にぶら下がっている電球の光に反射させるようちらつかせながら静かに話し始めた。
「これはある兵器の起動プログラムの入力されたカードだ。要はスイッチだと思っても良い。」
「兵器?」
全く呆然とし、ヘデムはオルダーを見据えた。ガレフは出された緑茶を啜り茶菓子をつまんでいる。二人の対話をまるで気にしていないようだ。
そして淡々とオルダーは続ける。
「ああ。その兵器はとある組織の手により明日起動する。」
「てことはイヴか。」
「・・・・・・そういうことになるな。俺は先日その兵器の起動を止めるよう依頼された。」
「ふぅん。」
「そしてそのカードの持ち主、というよりそれが入っていた財布の持ち主はその組織の関係者であり俺の協力者だった。やっとの事でカードを持ち出し、俺が受け取る予定だった。」
みるみる内にヘデムの表情が青くなる。
「じゃあ俺がそいつから財布をスらなきゃこんな場所に俺は来なかったって事か?!」
口調を荒げヘデムが立ち上がる。
空になった湯呑みを見つめ、ガレフがお茶のお代わりを頼むとオルダーは奥のキッチンから勝手に注いでこい。と言われ渋々奥の扉をあけ入っていった。
扉が閉まるとオルダーは困ったような顔で話を続ける。
「そういうことになるな。」
ヘデムが力無く椅子に腰を落とす。テーブルに肘をつけ、両手で顔面を押さえている。
「凡にその男は五時間前に銃殺された。二人の老夫婦と思われる人物によってな。」
「老・・・・・・夫婦?」
ふとヘデムはストラトタイプでの一悶着を思い出した。ベストを身につけた老人にハンドバックを持った老婆を。
覆っていた手から自らの顔面を離しオルダーと目を合わせる。
そして再び身震いが起きた。
「やはりすでに狙われていたか・・・・・・。お前にもう逃げ道はない。たとえレイヴンでなくとも、な。」
ちょうどガレフが戻ってきた。片手に湯呑み、片手に薬缶を携えて。
「ガレフ。俺の機体とコーフィルティムはすぐに動かせるか?」
首だけを返しオルダーがガレフに聞いた。
「へ?」
突然の質問に驚き、ガレフは湯呑みからお茶をこぼした。




コーフィルティムというのは、ガレフ愛用の大型輸送ヘリを示す。前後にそれぞれプロペラを一基、ACなどを運ぶためのハンガーも搭載し、ガレフはこれにさらに、小型ミサイルや機関銃などの簡単な防衛用の武装を積んでいる。
そして今、それは一機の白い重二脚ACをハンガーに吊り下げ、目の前の視界が全く見えないほどの吹雪の中を飛行していた。
「しかしどうも信じられねぇな・・・・・・。大体その兵器てのは一体何なんだ?」
広くゆったりとしたスペースを取るヘリの中、後部座席の背もたれを限界まで倒してヘデムはふんぞり返る。
「あいにく俺は詳しく知らないな。オルダー・・・・・・差し支えない程度に教えてくれないか?」
後部座席よりやや前の操縦席で操縦桿を握るガレフは、「下に」いるAC「パンプキン」に通信を入れた。
『悪魔の舌。』
「はい?」
『目標の兵器の名前だ。』
オルダーは事実のみの言葉を並べた。吹雪の影響で時折ノイズが混じり、そのせいで、まるで機械と離している気分になる。
『一種のエネルギーキヤノンだ。無論、ACのそれとは比較にならないがな。空中に向けてハイレベルのエネルギーの固まりの撃ちだし、高高度で分散。その後無差別に地上に降り注ぐ。・・・・・・こんな感じだな。』
このヘリに積まれている通信回線は、相手の表情を映すことはなく、声だけを送る。そのため今、オルダーがどんな顔をしているかわからない。
「なんだか楽しそうだな。」
そんな彼の声を聞き、ぼそりとへでむが呟いた。
「・・・・・・。」『・・・・・・。』
暫く沈黙が続いた。
『見えてきたぞ。』
通信回線を一度閉じたのではないか、そう思えてしまうほどの長い空白の後、オルダーが言った。
コーフィルティムの眼下には、未だ止まない吹雪で見えにくいものの、確かに巨大な柱のようなものがそびえ立っている。周りにはドーム状であったりビルの形をしていたりする建物が連立し、上空に向け、警戒用の大型ライトの光が何本も延びていた。
『作戦の内容は覚えているな。』
「もちろん。」
オルダーからの問いにあっけらかんと答えたヘデムは、さらに続ける。
「アンタがドンパチやっている間に俺があの建物に侵入。んでこのカードを使って悪魔の舌とかいう兵器を止める。それが終わったらガレフに迎えに来てもらうと。」
『そうだ。そのカードに緊急停止プログラムもある。黒のラインの入っていない方を読み込ませろ。・・・・行くぞ。』




「了解。」
ガレフが操縦席脇のコントロールパネルを叩く。コーフィルティムの前部、主翼にあたる巨大な羽の下から左右一発ずつ、柱に向けてミサイルが放たれた。
途中ライトに照らされ、対空放火を集中的に喰らい、あっという間に空中分解してしまった。
「何だよ、どうせならもっと派手に撃てばよかったのに。」
操縦席の後ろから身を乗り出し、ヘデムが口を尖らせる。
だかガレフは「してやったり」といった表情だ。不審に思ってヘデムはモニターに視線を移動させる。
「これは・・・・・・ECM?」
「ザッツライト。」
吹雪の中、建物を包むかのように広がる「光る何か」。それが電子機器に影響を及ぼすECMミサイルの一部であることに気づくのにさほど時間はかからなかった。
「これで対空放火は暫く免れる。ヘデムもそろそろ準備した方が良いぜ。これ、通信機だ。俺とオルダーのは登録済みだからすぐ通信入れられるぜ。」
椅子の足下からガレフは一台の通信機を取り出した。手のひらに収まるほどの小ささで、トランシーバーに似ていた。耳にイヤフォンを、襟元にマイクをつけて、本体をポケットに入れたままで使用可能なタイプだ。
「わーったよ。ところで何か黒のマーカーって持ってるか?」
「はい? 黒のマーカー?」
「そ。ペンでもいいんだけど。」
「それなら・・・・・・これでいいか?」
ガレフはツナギの胸ポケットに止められていた黒のサインペンをヘデムに通信機と一緒に渡した。ヘデムはそれで満足したらしく、コーフィルティムの後部扉に向かう。一度ガレフに己の親指を立てて見せると、扉を開けて奥の小型格納庫へ進んだ。
「しかし無茶やるもんだな。」
小型格納庫とは、MTよりもさらに小さい、つまりは武器や弾薬などを押し込むためのスペースだ。外につながるハッチもあり、この輸送ヘリも改良を加えればここから空輸する事も可能らしい。
そしてその中心に、ヘデムを待ちわびるかのように一台のバイクがスタンドにより立っていた。青いボディに大型のマフラー。フロントには大人一人がすっぽり入るほどの強化ガラスが設置されている。
マシンガンやショットガン。鏃のついたロープを射出できる特殊ライフルがそれにかけられており、ヘデムはショットガンを、ベルトを使い背中から、マシンガンは腰に掛けて特殊ライフルを片手にバイクに跨った。
上着の胸ポケットに通信機を入れイヤフォンを耳に、落ちないようしっかりとハンガーで固定した。




「エーと・・・・・・。オルダーにはこれでいいのかな。」
ヘデムはバイクのエンジンのかかり具合を試した後、胸ポケットから通信機を取り出した。そして側面に出っ張っているツマミを操作する。液晶画面に表示される名前が「OLDER」になり、さらに別のスイッチを入れる。
イヤフォンから暫しノイズ音が聞こえた。
『ヘデムか。どうした?』
まだノイズは少し残る状態で、オルダーの声が聞こえてきた。
「少し聞きたいことがあってな。いいか?」
『五分だけだ。もうすぐ戦闘が始まるからな。』
その声は今までになく穏やかだった。死地に向かう者は皆こうなのだろうか。ヘデムはそんな余計な事を思いつつ口を開いた。
「いやさ、こっちに起動用のカードキーがあるんならほっといて別に大丈夫じゃないか、と思ったんだけど。どうなの?」
2、3秒後に、その返答は、はっきりとした口調で返ってきた。
『確かに今はそうだろうな。だがこういう輩は今のうちに潰しておかねば、後で「鍵」を狙った悲惨な事態になりかねない。ならば、この機会に悪魔の舌のような強大な力をもつ兵器は停止させておいた方が良いだろう。』
「ふぅん、強大な兵器、ね。じゃもう一つ。何でアンタと同じレイヴンじゃなくて、俺たちみたいな一般人に協力を頼んだんだ?」
『ふふ・・・・・・。』
「あんだよ、笑うこと無いじゃねぇか。」
『ふふ、すまない。だがきっと嘗ての俺ならお前と同じ事を言っただろうな・・・・・・。思い出し笑いをしてしまった。』
「・・・・・・?」
火薬の臭いが立ちこめる中、一人どこに目線を向けていいのかわからない様子でヘデムは唖然としている。
だが通信機の向こう側の人間は、いたって落ち着いた様子でこう付け加えた。
『仲間、とりわけお前達のような奴と一緒に仕事をするのも、決して悪い訳じゃない。』
「仲間・・・・・・。」
『そろそろ戦闘領域か。用心のため通信は切るぞ。』
以降、イヤフォンからオルダーの声が聞こえることは無かった。
「仲間・・・・・・か。」
再び同じ言葉を口にする。その耳からはノイズもまた、同じく鳴り響いていた。


『オルダー。ハンガーを外すぞ。』
パンプキンのコクピット内、オルダーはじっとモニターに映る巨大な柱を見据えている。
「わかった。」
『敵はまだ出てないけどECMの影響はACにもでるからな。気を付けろ。』
ガレフの笑い声がオルダーの鼓膜を揺する。
「・・・・・・わかった。」




「ヘデムに言い忘れていたことがあったな・・・・・・。ガレフ、少しばかりヘデムとの回線を開くぞ。」
『あいよ。』
吹雪は一向に止む気配がない。ますます風が強くなり、宙づりになっているパンプキンは激しく揺さぶられる。
それでも慣れた手つきでオルダーはガレフと別の回線を開いた。
「ヘデム。一つ重要なことを言い忘れていた。」『ん・・・・・・何だ?』
どうやら相手はウトウトしていたらしい。吃驚したような声を上げ、尋ね返してきた。
「そのカードは「最大で三回まで」しか使えない。」
『へ?』
「つまりな、そのカードには表に起動プログラムと裏に緊急停止プログラムの二つが存在する。仮に一回目を表で読み込ませたとしよう。二回目は裏で当然、悪魔の舌は止まる。」
『それで起動させたかったらもう一回表で読み込ませろって事?』
「そうだ。そして三回目の入力以降はいかなる理由に於いても、たとえ再度表を読み込ませようとしても、受け付けてくれない。」
『そうなったら指をくわえて悪魔の舌の起動を見てるしかないって訳だな。』
「ああ。もちろんその逆もまた然りだ。一回目は裏で二回目は表、三回目は裏で完全に停止する。」
『その状態がまあ理想か。』
「ああ。もちろん連続で同じ面を読み込ませることも可能だ。その分のカウントはされるがな。それともう一つ・・・・・・。実際これが一番重要だ。」
『な、なんだよ。』
急にオルダーの声色がかわり、ヘデムはたじろぐ。それでもヘリの揺れに揺さぶられないようしっかりとバイクのハンドルを握りしめている。
ややあって、ため息が通信機を通じて聞こえた。「三回目以降にプログラムは受け付けない。だが、それにも関わらず読み込ませようとした場合・・・・・・。」
ヘデムは生唾を飲み込み、耳にしているイヤフォンを強めに押さえる。
「三回目が裏だったら自爆プログラムが起動し、表だったならば即悪魔の舌はエネルギー弾を発射する。」
『・・・・・・。』
「本当はもっと早く伝えるべきだったのだろうがな・・・・・・すまない。やはりどうしても気後れしてしまった。」
その声に対する返事は、暫く無かった。
またオルダーの口からため息が漏れてしまう。
気後れだと? 何故今更。仲間、俺はそう言っただろうに・・・・・・。
様々な自責の念が彼の頭の中を飛び交う。
『いや、気にするなさ。それだけのモンだ。レイヴンだって、て事にしとくよ』
「・・・・・・有り難う。」


第五節 悪意



「悪魔の舌」中枢に二人の男が居た。片方は紳士服を着こなしネクタイをしっかりと絞め、顔面の半分を鉄仮面で覆い椅子に座って目の前のモニターに映る映像――吹雪の中、こちらに向かってくる、ACを吊り下げた一機のヘリ――をじっと見ていて、もう片方はその口元が隠れる襟を立てた漆黒のロングコートを身につけその男のそばに立っている。
「戦力はどれほどだと思う? ゼードリュー。」
紳士服の男が聞いた。
「先ほど撃ったECMミサイルデ、攪乱している間にACで進入。といったところカ。」
ゼードリューと言われた男が素っ気なく、瞼を閉じたままで答える。
「ギドゥ伯爵・・・・・・俺はACで出ル。」
「頼んだぞ。いっておくがカードを持っている可能性もある。生け捕りにしろ。いいな?」
「依頼の分はやらせてもらう。」
ゼードリューはモニターの映像に全く興味がない様子で紳士服の男、ギドゥ伯爵の言葉と適当に交わし退出した。
「ふん、傭兵ごときが・・・・・・。まあいい、カードさえ手にはいれば奴にも用はない。」


「スクータムDにブルーオスプリー、後はトループにヘリ部隊か・・・・・・。」
ハンガーから切り離され、猛スピードで降下するパンプキンを制御しつつオルダーは呟いた。
パンプキンに積まれた装備を確認する。
「ショットガンに中型ミサイル・・・・・・レーザーブレード・・・・・・。雑魚ならこれで構わないか。」
装備を一瞥した後、オルダーは眼下から舞い上がってくるブルーオスプリー三体にショットガンを向けた。
同時に三体のうち一機がエネルギー弾を放つ。だがそれを状態を捻り避けると、そのブルーオスプリーの頭上へとのしかかる。重量級の重みがその機体のバランスを崩させるや否や、ショットガンをゼロ距離で撃った。爆発する直前にブーストを使い空中に躍り出ると、残りの二機をミサイルでロックオンする。
短い警告音が鳴り、容赦なくミサイルを放つ。
直撃した一機にはショットガンをさらに撃ち込む。もう一機は距離が近すぎたため避けられた。
次第に距離が狭まる。
目前にまで縮まった瞬間、パンプキンの右足が奮い立ったように上がったかと思うと、直ぐに降りおろされる。ちょうど踵落としの要領で残りの一機に当たると、その機体は大きくへしゃげ、空中で塵と化した。
「・・・・・・。」
残りの獲物を破棄するために、オルダーはブーストを吹かして真下へとパンプキンを急降下させた。




「なんか騒がしくなってきたな。てか暇だ。」
先ほどからずっとバイクに跨ったままのヘデムはぶつぶつと愚痴る。
格納庫の巨大なハッチの向こうから爆発音が絶え間無く聞こえる。ヘリがそれにより揺れる時間も増してきた。
『そろそろ中枢だ。ハッチ開けるぜ。』
目の前が霞んできた時、ようやくガレフから通信が入った。
「えーっと・・・・・・外はドンパチやってるんだけど、果たして大丈夫なのか?」
『ああ、それなら大丈夫だよ。もう殆ど敵居ないから』
「へ? あ、そういえば・・・・・・。」
ガレフに指摘されやっと気がついた。
ほんの数十分前までは激しい爆発音が立て続けになっていたが、それが最高潮に達した時、急に空気が抜けたように音が静まっていったのだ。今はブーストの音と、僅かな爆発音しか聞こえない。
『もしかすると増援があるかもしれないからな、一応気を付けろよ。』
「あいよー。」
いきなりヘデムの目の前のハッチが、鈍い音を立てて上下に開いた。下側のハッチはそのままカタパルトになる仕組みだ。
その先には吹雪の中、ガラス張りの巨大な柱が見えた。
それを見据えながら、ヘデムはバイクの後輪の脇に不自然に吊り付けられた、小さな穴が幾つか空いた四角い箱を足で小突いた。
ハンドルを強く握りしめ、エンジンをかける。バイク全体に振動が響きわたる。銛の付いたライフルの銃口部をフロントに引っかけ、少しでもブレないよう固定する。
「よっし、行くぜ!!」
ギアの回転数が最高になった瞬間、再び後輪脇の箱を蹴る。刹那、その箱に空いた穴から爆発したかのような炎が吹き出す。
上体が置いてけぼりにされるかと思うほどに、バイクが急発進した。コーフィルティムから叩き出されたバイクは一直線に柱へ向かう。
やがてバイクの先端部が傾き出し、ヘデムはライフルのトリガーを躊躇うことなく引いた。
ガスが噴射する音と共に銛がガラスに向け飛び、容赦なく突き破った。さらに勢いは止むことなく床と思われる場所に突き刺さる。ライフルのグリップ近くで飛び出しているスイッチを押し、銛に付いたロープを引き戻させる。
バイクごと引っ張られる形でさらに勢いは増し柱、則ち悪魔の舌中枢へとヘデムは進入していった。
だが外は猛吹雪、加えて突出したバイクのスピード。ヘルメットなどという無粋な物をつけていないヘデムの顔面を銃弾の如き雪の粒が叩き続ける。
まともに瞼も開けられないでヘデムは、人知れず叫んだ。




「うおおおおおお!」
吹雪に叩きつけられながらも、ハンドルを握りバランスを崩さないよう空中で姿勢を微調整する。窓ガラスの先には銃器と思われる物を掲げた兵士達が集まりだしている。中には床に突き刺さった銛を何とか引っこ抜こうとしているが、特有の返しが付いたそれは、なかなか許してくれない。
一旦ライフルから手を離し、腰のマシンガンを引き出す。
片手で酷く銃身がブレるが、無視して引き金を引き弾幕をはる。数人当たったらしく倒れ、バイクがこの吹雪の中突っ込んでくることもあり、残りの兵士達は各の銃器を放ちながら後退して行く。
再び後輪脇の四角い箱から火が吹いた。マシンガンのベルトを、ショットガンの反対側の肩にかけ、両手でハンドルを握る。上体を沈めフロントガラスに身が隠れるようにし、着地時の衝撃に備える。
ヘデムが人呼吸置いた後、バイクが柱に吸い込まれていった。
一度着地したかと思うと、反動で何度も跳ねる。地上と空中を何度も往復しながら、徐々におさまってきた頃を見計らいブレーキをかけ、ハンドガンのグリップを掴む。そして一度地面に片足をつけ、銛に手をかけた。返しは付いているものの、実は取るのはさほど難しくない。刺さった場所に押しつけながら、すくい上げるように銛を動かせば簡単に取れるのだ。ライフルに残りのロープを納めて、銛を銃口に押し込むと、ライフルを背中に回して肩からベルトでかけた。
ふと、バイクのスピードメーターの隣に取り付けられている液晶画面を見た。いくつかの道と思われる太線の中に、一つ赤く光る点がある。
これはオルダーに与えられた情報を元に作られた一種の地図で、赤い点こそが中枢を示す場所である。
目線を前に戻すと、反旗を翻したかのように兵士達が銃器片手に走ってくる。
火薬を詰め込んだターボエンジンはもう使えない。後ろを振り向くと、既にコーフィルティムは上昇を開始している。戦闘に巻き込まれないように敢えてしたものだったが、妙に腹が立つ。
その煮えるような感情を誤魔化すため、ヘデムはバイクのアクセルを全快にし、銃器を放つ兵士達に対し適当に弾幕を張りながら中枢へと一直線に向かう。
先ずは眼前に並んで立ちはだかる数名の兵士、銃器を放ってくるが、バイクの強化ガラスはビクともしない。
ここで弾を使うのはもったいないか。そう判断するとマシンガンを腰に戻し、両手でハンドルを握りしめ、股でバイクのポディをしっかり押さえつけた。




「悪魔の舌」中枢周辺、ビルやドーム型の建物の付近に、本来はMTや戦闘機だったと思われる無数の残骸が散らばっている。大半はそのものの爆発によって散らばったと直ぐに察しはつくが、そのうちの一部は何か鈍器で「殴られた」ように酷くへしゃげた残骸があった。
その中をパンプキンが闊歩する。残骸を惜しげもなく踏みつぶし、ほかに敵は居ないか適策している最中だ。
悪魔の舌の目の前まで来た時、レーダーに青い点が突如現れた。それはちょうどパンプキンの背後に回るようにゆっくりと降下してきている。
「ACか・・・・・・。」
その動きに合わせるよう、パンプキンもやはりゆっくりと旋回する。
熱源の規模からそれがACだということは判った。ショットガンを上空へと向け、ACの動向を注意深く観察する。
『MT部隊は全滅カ。』
漆黒のACだった。
四脚で、レーザーライフルにMOONLIGHT、両肩装備のガトリング砲を搭載している。
そしてその機体に搭乗しているレイヴンから通信が入った。声色から男だと判断できるが、語尾の妙なアクセントが鼻につく。
弔い合戦でもするか? オルダーからの問いに、ややあって漆黒のACから意外な答えが返ってきた。
『その必要は無イ。そもそも俺はお前と戦う気はなイ。』
「何?」
『オリジナルのカードならばついさっき破棄してきタ。』
「・・・・・・では、お前は依頼主を裏切ったということか。」
『そうダ。』
何から言えばいいものか。不意打ちをくらいオルダーは戸惑ってしまう。一つずつ頭の中で状況を整理する。すると自然と次に言うべき言葉が出てきた。
「いきなり現れて信じられると思うか?」
『・・・・・・。』
「カードを壊したというなら、それは今何処にある。」
『カードは俺の手元ダ。』
「信憑性が薄いな。」
『そうカ。ではこれで信じてもらえるカ?』
そういうと漆黒のACは両肩ガトリング砲をパンプキンの背後、悪魔の舌に向け放った。間髪入れずに弾き出された弾は、悪魔の舌の壁をメチャメチャに破壊していく。倒壊させるまではできないが「瓦礫」と化したところで漆黒のACは撃つのを止めた。
その様子をパンプキンの上体を後ろに捻らせ、オルダーは文句の一つも言わずに見ていた。
暫くして漆黒のACから再び通信が入る。
『名乗り遅れたナ。俺の名はゼードリュー。この機体はハレルキンといウ。』
オルダーはゼードリューと名乗ったレイヴンの声に耳だけ傾けていた。


第六節 対峙



「何だ・・・・・・?」
目標である悪魔の舌の機関室を前に、「道中」使用した銃器の点検をしていたヘデムは、突然の地震にたじろき、辺りを見回した。天井から細やかな塵が頭の上にふりかかるのを手で軽く払う。スタンドで立たせていたバイクは、甲高い金属音を喚き散らしその場に倒れてしまった。
後ろには銃弾を浴びせられ横たわっている。
嫌な思い出でも思い出したかのような顔で、ヘデムはショットガンに安全装置をかけ肩にかける。今度はバイクに跨らず、押していく形で鋼鉄の扉を管理するパネルへと歩を進めた。
この扉は暗唱番号でロックされているらしい。当然ヘデムは番号なんて知らない。
大きく深呼吸をすると懐から、拝借したハンドガンを取り出しパネルに向け三発弾を撃った。一旦スパークしたかと思うと、命を失った動物のように静かになった。
亀裂の入ったパネルの破片を取り除くと、基盤部が丸見えになる。
ヘデムはそれにまとわりつくコードを、ジャンパーの内ポケットに仕込んで置いたナイフで切っては繋いでいく。
物の数分でロックを強引に解除させ扉をあけると、バイクのエンジンをかけ中に進んでいく。
一歩中に入った瞬間、火薬の臭いがヘデムの鼻腔をくすぐった。扉の脇にバイクを止め、ショットガンで警戒する。
思ったより中は広く、照明もちゃんとついている。どこかのオフィスのように机と椅子が並んでおり、数メートル先には巨大なモニターが見えた。
モニターに一番近い大きな机の上に男が一人居た。
その男は鉄仮面で顔の半分を覆い紳士服を着ていた。しかし高級そうな服は所々破り裂かれている。半分だけ覗かせるその形相はまさに「鬼」だ。そして両手には大型ガトリングガンを抱え、呆然と立っていた。
こちらに気づくと口から涎を大いに垂らしこう叫んだ。
「畜生ォォォォォォ!!!」
ガトリングガンが火を吹いたのはそれと同時だった。反射的に身を翻し机の陰に隠れる。正面の壁に無数の弾痕が刻まれた。
「カードは! カードは何処だよ!」
よく判らない奇声の中で何とかその言葉だけ聞き取れた。
机の影を辿り、男の近くまで寄る。ガトリングガンの一本一本の銃口がライフルの比ではなく大きい。あんなもので撃たれてはひとたまりもない。
男はヘデムを探しキョロキョロと見回す。ヘデムの隠れている机に目をつけると、酷く口元を歪め、ヘデムの周りの障害物をくり貫くように、ガトリングガンを連射した。




ヘデムが盾として利用していた机は、刹那の内にヘデムの背部の僅かな部分だけを残し粉々にされた。
「何だ、何でわかったんだ?」
自分が高を括っていたとでも言うのか。あの男は明らかに錯乱状態とはいえ、気づかれないよう足音を立てず気配も消して近づいたはず。
だがヘデムにその答えを探す余裕は与えられない。立て続けにガトリングガンが放たれ、残りの盾も少しずつ削られてきている。
「あー。このカード渡せば多分助かるんだろうけど、でも三回までしか使えないしな・・・・・・ん? 待てよ、三回?」
彼の頭の中で何かが閃いた。直ちにポケットに手を突っ込み、ガレフから借りたペンを取り出す。手早く右の手のひらに「人」という文字を書き、大事そうにポケットにペンを戻した。そして手のひらの文字をじっくりと目に焼き付けた後、それを飲む込むフリをする。
「何の真似だぁ!?」
どうやら不思議な事にその行動も相手には筒抜けらしい。マシンガンの弾が今度はヘデムの髪の毛の登頂部を焦がした。
「分かった! 今カード渡すから撃たないでくれ!」
男に背を向けた体勢で大声を張り上げる。意を決しヘデムは財布からカードを抜き出すと、男の前に姿を晒した。銃器は皆ボロボロの盾の影に隠して両手を上げ、右手にカードを持っている。
「よぅし、それで良い。俺だって余計な殺しはしたくないんだ。わかるだろう?」
ヘデムの右手のカードを捉えながら男がゆっくりと近づいてきた。
分かるわけねぇだろうがボケ。
心の中で愚痴る。しかし男を刺激しないよう決して睨みつける真似はしない。
男は乱暴にカードを奪うと、マシンガンをヘデムに向けたまま後ずさりする形で巨大なモニターの下まで進む。そこには室内に置かれている長机とほぼ同じ大きさの、電子パネルがあった。その一角にカードリーダーが飛び出している。
それが何のためのものかヘデムには直ぐ理解できた。
男がカードをその機械に通すと頭上のモニターが起動し、スピーカーが何処にあるかは分からないが、室内に館内放送が淡々と流れ始めた。
『悪魔の舌起動プログラムの入力を確認。発射まで残り五分。繰り返す・・・・・・』
優しそうな女性の声を最後まで聞くことなく、ヘデムは男にこう切り出した。
「世界の終わりまで後五分てか?」
男は悦楽した様子で、
「フフ・・・・・・ハハハハ! そうだ。その通りだ。俺達を受け入れようとしなかった世界が、後五分で終わる!」
そう答えた。




外の吹雪の勢いが大分おさまってきた。それでも雪は降り続け微動だにしないACに雪が積もる。白いカラーリングのパンプキンはならばまだしも、漆黒のハレルキンは白と黒のカラーリングを施した重四脚に見間違えてしまいそうだ。
「しかし仮にもお前の目の前にあるものは、守らなければならなかったものだろう?」
戦闘モードのまま、決して警戒の手をゆるめずオルダーが尋ねた。
『いくら依頼がそうだったとしてモ、流石にこんな兵器は起動させたくはなイ。俺は依頼を受けて、最中にそれに気づいタ。』
「・・・・・・嘘だな。」
『どうしてそう思ウ?』「レイヴンに、お前の言うような「正義の味方」の行為ほど似つかわしくないものはない。」
ゼードリューは暫く押し黙っていたが、やがて小さく、含み笑いをした。オルダーは彼の行動に大したリアクションを取らず、冷静に切り替えす。
「何がおかしい?」
『フフフ・・・・・・全くその通りダ。貴様の言うとおり俺が今言ったのは嘘ダ。しかし正義の味方とはナ・・・・・・。』
パンプキンのコクピットに自嘲にも似た笑い声が響いた。それでもオルダーは冷静に相手の出方を伺う。
直ぐに笑い声は止み、別人に変わったと思えるほど冷静な声で、ゼードリューは話を続ける。
『俺は二つの似た依頼を受けタ。片方は全額先払いで、「あるもの」の護衛。もう片方は全額後払いで「あるもの」の破壊。果たして俺はどちらを取るべきか迷っタ。・・・・・・だが良い方法を見つけタ。』
「二つの依頼を同時に受けたのか。」
『そういう事ダ。どちらも失敗しても先払い分の報酬は得られるからナ。うまく行けば普段の二倍の報酬が得られル。つまり――』
「先払いの依頼を失敗し後払いの方の依頼を成功させる。」
『察しが良イ。そして俺は今片方の依頼を「失敗」させタ。』
「がめつい奴だ。」
ハレルキンのヘッドが遙か上空、六角形の形をした悪魔の舌の発射口を見上げる。
次第に吹雪が止んできた。二機のACにはかなりの雪が積もっておりまるで巨大な雪だるまだ。
『不思議なものダ。』
不意にゼードリューが話を再開した。
『結果的ニ、とは言え貴様も俺も「正義の味方」になったのだからナ。』
「!!」
一瞬オルダーの思考が停止した。
両目を見開きモニターに映る漆黒のACを見据える。何故か体が震えた。そしてオルダーが次に言おうとすべき事を、予め知っていたかのようにゼードリューが言う。
『お前もカ。』




『お前も「自分が守らなければならないモノ」を持っているのだナ。』
「・・・・・・ああ。」
ゼードリューの問いに、オルダーは力なく答える。気がつけばパンプキンは戦闘モードから通常モードに切り替わっている。単にオルダーが無意識の内に行っただけなのだが。
「お互いレイヴンには似つかわしくない・・・・・・か。」
オルダーがシートにその身を預ける。一度深呼吸をした後、思い出したようにゼードリューに言った。
「お前の守るべきモノは何だ?」
ハレルキンのヘッドが下がり、パンプキンへと視線が向けられる。機械の固まりであるというのに、オルダーは鉄巨人に睨みつけられたような気分に陥る。

『貴様は野暮な事を聞くナ。』
ゼードリューは鋭い口調でオルダーへそう答え、さらに補足的に続ける。
『俺が守るべきモノと、貴様が守るべきモノは違うだろウ。だというのにそれを知りたル?』
「・・・・・・。」
『強ち無意味でないかも知れないガ、知ってしまえば人はそれを自分の気づかぬ内に欲しがってしまウ。ならばこソ、それは誰も言わず自分の中で留めておく方が良イ。そうすれば「必要のない」戦いは起きなイ。』
「・・・・・・そうか。そういうものか。今お前の守るべきモノを知れば、この場で戦わねばならなくなるかも分からない、か。」
『そういうことダ。俺は傭兵は「必要のない戦い」を生み出さない存在であってほしいと願ウ。』
「・・・・・・。」
『無理に納得しなくても良イ。貴様にも考えがあるのだろウ? 俺とは違う「傭兵の在り方」がナ。』
「それはいいが、随分熱く語ったな。」
オルダーの言葉にゼードリューは思わずハレルキンを反転させる。その姿は照れ隠しによく似ていた。さらにゼードリューは自嘲し、オルダーも口元が歪む。
『ハハ、そういえばそうだナ。要らぬ事まで言ってしまっタ。』
「いや、こちらとしては面白い話が聞けた。退屈はしなかったさ。勝手にお前が守るべきモノを喋ってくれたからな。」
ハレルキンがきびすを返した。両肩のガトリング砲がどう言うわけかパンプキンに向けられている。
『だったら今この場で戦おうカ?』
だがその声に殺気はない。むしろ暖かみのある冗談に聞こえた。
そして、それは彼の本心そのままの声であったことをオルダーは直ぐに理解できた。
「それは遠慮しとく。」
いつの間にか二人は他愛もなく会話をし始めていた。
その所以は誰にも、この二人ですらも分からないだろう。


最終節 儚夢



「強化・・・・・・人間?」
ヘデムは男の言葉を復唱した。
男はやはり悦楽した様子で勝手に喋り出す。
「そうだ。俺はクレストの連中に無理矢理強化人間手術を受けさせられた。お陰で壁の反対側に誰が居るかサーモセンサーで解るようになったし、尋常じゃない力も手に入れられたがな!」
なるほど。それで机の陰に隠れていた俺を発見できたってわけか。男の動向を確認しつつ、ヘデムはごちた。
その最中、ヘデムは足下のライフルとマシンガンを左足で引き寄せる。
悪魔の舌起動まで残り三分。という館内放送も男には全く聞こえていない様子だ。
何度目かも定かでない大笑いが部屋中に響きわたる。
「だが俺の強化は失敗だった! そうしたら奴ら「失敗作は処分すべし」とか言いやがって! 命辛々脱走はできたが俺にはもうドコにも行くアテなんて無かった! 気がつけば管理者は崩壊していたしな!」
そして男はモニターを見上げる。そこに映し出されていたのは、悪魔の舌発射口の内部と思われる映像だった。
中は巨大な紺色の円柱の形をしており、側面に沿って幾つものパイプが走っている。遙か底の方から別の一回り小さい円柱が上昇してくるのが見えた。
「全て奪われてしまったがな・・・・・・俺には切り札がある!」
「それが悪魔の舌か。」
「そうさ! あれは全くの偶然だったなぁ。中枢に残ってたデータ漁ってたら此処の事知って今に至るってわけだ!」
男が高笑いを始める。
ヘデムは先ほどからずっと両手を上げていたため、いい加減に痛くなってきた。
「(発射まであと一分、頃合いかな。)なあアンタ。」
「ハハ、どうした?」
「こういうのは世間一般では逆恨みって言うんだぜ・・・・・・。」
ヘデムがそう言うのと同時に足下のライフルをほぼ垂直に蹴り上げた。素早く両手で構え、男の左肩めがけ漏りを射出する。
猛スピードで突っ込んでくる銛を避けようと男は身を翻したが、喜びの絶頂にいたため反応が遅れた。銛は肩から少し外れ、鎖骨の近くに突き刺さった。背中から数センチ先端が突き抜けている。男の絶叫を聞く間もなく、ヘデムはライフルと同じように引き寄せておいたマシンガンを左手で拾い上げ、銛のロープを引き寄せさせる。
男が踏ん張っているため引っ張られたのはヘデムの方だった。しかしそれはヘデムの予想通りの展開だ。
ヘデムが引っ張られる最中、男は苦悶の表情を浮かべ、ガトリングガンを放った。




だがヘデムは既に予測していたらしく、机を思い切り蹴った。反動で体が持ち上がる。ガトリングガンから放たれた弾はヘデムの足下を横切り盾として利用していた、ボロボロになった机を粉砕した。
ヘデムは空中からマシンガンを撃つ。無理な体勢にも関わらず針の穴に通すような正確な射撃で男の両脚を撃ち抜き、男はその場に崩れ落ちた。
「ぐがぁああぁぁあ?!!」
奇声を発し、男が苦しみ悶える。一度着地し、ヘデムは男を見下せる位置まで歩み出てから強引に男の肩から銛を引き抜く。
「が・・・・・・げぐぃ?」
もはや言葉もでないようだ。銛が突き刺さった場所から噴水のように血が吹き出す。
その血がヘデムの頬にも飛び散る。だがヘデムはそれを全く気にすることなく男の手の中のカードを拝借し、カードリーダーに黒いラインの入っていない方を読み込ませた。
『緊急停止プログラムの入力を確認。五分以内に同プログラムまたは別プログラムの入力が確認されない場合はこのプログラムを最終プログラムとして移行します。』
先ほどと何一つ変わらない口調の館内放送が流れる。
ヘデムは銀色のカードを惜しげもなく男の顔の側に捨てた。
「お前・・・・・・何者だよ・・・・・・。」
何度も吐血しながら男が尋ねた。
「俺? ただのスリさ。」
「なん・・・・・・だと。」
男が必死にガトリングガンに右手を伸ばす。だがその手をヘデムはマシンガンで蜂の巣にした。瞬く間に手首より上の部分が無くなり、代わりに夥しい量の血液が床に流れる。
「ぎぐぇごゎああぁ!!!」
「強化人間が・・・・・・やっぱ危険だよなぁ・・・・・・。失敗作だからって訳じゃないだろうけど。」
ヘデムが膝をつき、右手を押さえる男ににじりよる。
お互いの目線があい、暫くしてから驚愕の表情で叫んだ。
「まさかお前・・・・・・D――」
何発撃ったのかも判断できないほど短い間隔の銃声が鳴り響いた。
己の顎がぶち抜かれ砕かれた男は、奇妙なことにまだ絶命していない。想像を絶する痛みを伴いながらも、ひたすらヘデムの顔をみている。
「丈夫なのが取り柄かぁ。カードは置いとくから自然に死ぬか自分で引導を渡すか、後はお前の判断だよ。」
ヘデムはそれだけ言うと何事もなかったかのように入り口付近にスタンドで立っているバイクに跨り、エンジンをかけた。
「ぐぅ・・・・・・が。」
喉の奥からくぐもった音を出しながら、男はカードを握りしめ電子パネルに寄りかかった。




ヘデムは死体の転がる廊下をバイクで駆け抜けていた。
先ほど悪魔の舌を爆破させるという館内放送が流れたばかりだ、というのにその表情に焦りはない。それどころか益々悲しげな面持ちとなってきている。
「どうしてこうなるかね・・・・・・こんな事になるなんて。俺はただのスリでいたいのに・・・・・・。」
何度も同じ言葉を繰り返す。だが誰もそれに答えてくれる人が居ない。
やがてここに進入する時に突っ込んだガラスの目の前に来た。
そしてその先には一機の輸送ヘリが見える。コーフィルティムだ。ハンガーにはパンプキンが何事もなかったかのようにぶら下がっている。
ゆっくりヘリが近づき側面の扉が開いた。そしてタラップが伸びてくる。ヘデムはその間ガラスの破片にタラップが引っかからないよう、適当にマシンガンで割る。
「ヘデム! 無事か?」
ドアの向こう側からオルダーが顔を出した。ヘリのプロペラによって束ねられた銀色の後ろ髪が暴れている。
「何とかな! でもここはもうすぐ爆発するから早くずらかろう!」
ギアを最大まで上げ、やや急斜なタラップを一気にかけ上がる。
バイクごとコーフィルティムの中に収まると、コーフィルティムはタラップをゆっくり戻しながら急上昇を始めた。
ちょうど悪魔の舌、六角形の発射口まで上昇した時、突然コーフィルティムが激しく揺れた。
「おいおい・・・・・・何だよ!?」
操縦桿を握っていたガレフが叫ぶ。
「どうも悪魔の舌の爆破が始まったみたいだね。ホレさっさとヘリ動かしな。」
「無茶言うなよぉ・・・・・・。」
情けない声でガレフが答えた。しかしその目は据わり、確実にモニターに向けられている。
ヘデムは何気にドア越しから外を覗いてみた。悪魔の舌が音を立てて崩壊していく。きっと夜が明ければそこには瓦礫の山しか残っていないのだろう。そう、瓦礫しか・・・・・・。
「しかし今まで何処行ってたんだ?」
きびすを返し不意にヘデムはガレフに聞く。
「へ? ああ、安全な場所にヘリ停めて寝てた。」
「寝てたぁ!?」
思わずヘデムがバイクをはっ倒して運転席に身を乗り出す。
「ちょ、じっとしてろよ! 危ないってば!!」
「じっとなんかできるかよ! コノヤロウゥ!」
もみくちゃにされるガレフを見ながら、オルダーは一人ほくそ笑む。


「俺モ、帰るべき場所へ帰るカ。」
悪魔の舌から数キロ離れた場所、ヘリを見上げながら漆黒のACに乗るレイヴンが呟いた。




『お前も「自分が守らなければならないモノ」を持っているのだナ。』
「・・・・・・ああ。」
ゼードリューの問いに、オルダーは力なく答える。気がつけばパンプキンは戦闘モードから通常モードに切り替わっている。単にオルダーが無意識の内に行っただけなのだが。
「お互いレイヴンには似つかわしくない・・・・・・か。」
オルダーがシートにその身を預ける。一度深呼吸をした後、思い出したようにゼードリューに言った。
「お前の守るべきモノは何だ?」
ハレルキンのヘッドが下がり、パンプキンへと視線が向けられる。機械の固まりであるというのに、オルダーは鉄巨人に睨みつけられたような気分に陥る。

『貴様は野暮な事を聞くナ。』
ゼードリューは鋭い口調でオルダーへそう答え、さらに補足的に続ける。
『俺が守るべきモノと、貴様が守るべきモノは違うだろウ。だというのにそれを知りたル?』
「・・・・・・。」
『強ち無意味でないかも知れないガ、知ってしまえば人はそれを自分の気づかぬ内に欲しがってしまウ。ならばこソ、それは誰も言わず自分の中で留めておく方が良イ。そうすれば「必要のない」戦いは起きなイ。』
「・・・・・・そうか。そういうものか。今お前の守るべきモノを知れば、この場で戦わねばならなくなるかも分からない、か。」
『そういうことダ。俺は傭兵は「必要のない戦い」を生み出さない存在であってほしいと願ウ。』
「・・・・・・。」
『無理に納得しなくても良イ。貴様にも考えがあるのだろウ? 俺とは違う「傭兵の在り方」がナ。』
「それはいいが、随分熱く語ったな。」
オルダーの言葉にゼードリューは思わずハレルキンを反転させる。その姿は照れ隠しによく似ていた。さらにゼードリューは自嘲し、オルダーも口元が歪む。
『ハハ、そういえばそうだナ。要らぬ事まで言ってしまっタ。』
「いや、こちらとしては面白い話が聞けた。退屈はしなかったさ。勝手にお前が守るべきモノを喋ってくれたからな。
」 ハレルキンがきびすを返した。両肩のガトリング砲がどう言うわけかパンプキンに向けられている。
『だったら今この場で戦おうカ?』
だがその声に殺気はない。むしろ暖かみのある冗談に聞こえた。
そして、それは彼の本心そのままの声であったことをオルダーは直ぐに理解できた。
「それは遠慮しとく。」
いつの間にか二人は他愛もなく会話をし始めていた。
その所以は誰にも、この二人ですらも分からないだろう。


エピローグ

悪魔の舌破壊から一夜。結局場所が市街地からとてつもなく離れた場所にあった事や、吹雪の日だったことにより誰一人それに気づく者は居なかった。
そして今日はクリスマス・イヴ。雪は降っているがそれぽど気になるほどではなく、ロマンチックな雰囲気を醸し出す役を担っている。
おぅい親爺いるか?
繁華街の隅の小さな骨董品店に風呂敷を片手に馴染みの男が訪れた。今までと違い顎の無精髭はきれいに処理され、何処か凛とした表情に変わっている。
おや、ヘデムさんではないですか。
奥から紺のジンベエを来た老人が出てきた。親爺と呼ばれたその老人は室内の電気を点けると、古ぼけた木製の椅子に腰をおろした。
今日は何か獲物は? 親爺が尋ねる
いや、今日は酒持ってきたんだ。親爺確か辛口の酒好きだったろ。
ヘデムと言われた男は風呂敷を広げ一升瓶とお猪口を二つ親爺に見せる。親爺は一瞬驚いたが、ヘデムが一升瓶を開けると当然のようにお猪口を手に取った。
しかし珍しい事です。貴方がお酒を持ってきて下さるなんて。親爺がいつも見せるいたずらっぽい笑みを浮かべ言う。
なに、今日はイヴだろ? 一人で過ごすのは寂しくてね。
骨董品屋に二つの笑い声が起こる。
ヘデムも古ぼけた椅子に座り、先に親爺に酒を注いでから自分の分を注いだ。静かにお猪口を口元に運び、辛口の酒を一口で飲む。彼自身甘党なのでなかなか体が受け付けない。しかし親爺はとても嬉しそうにこの酒を口に含む。ヘデムは二杯目を注ぎまた一気に飲み込んだ。自然と胸元が熱くなる。
ヘデムと親爺の顔が段々赤くなってきた。
今日はもう店を閉めましょう。親爺はそう言い外にかかっている札をひっくり返すため店から出た。
寒いな。ヘデムも同じように外に出て空を見上げる。
雪は未だに降り続け、二人の肩にうっすら積もる。
に、しても情けないな。ヘデムが心の中で思う。こんなに自分の周りは自分を受け入れてくれるのに、自分は過去をまだ引きずっている。思えば昨日、「彼ら」に会わなければ、銀色のカードを財布ごとスらなければ、そんなことに気づかぬままスリを続けていたに違いない。もっともそれに気づいた今でもスリは続けるけどな。
己の口元が歪むのに気づきながらも、隣の親爺の顔をみる。皺だらけの顔を見てどうしてもあることが言いたくなった。


親爺、有り難うな。んで、これからも頼む
はい?
あ・・・・・・。な、何でもないさ!



Fin.

後書き

と、言うわけ(?)で後書きです。
ちなみにかなりのネタバレを持つのでこれを先に読まないで下さい。

では本題です。
今作は某サイトに出没するNO,2132さんという物書きさんとの合作として始まりました。
先ずはお互いの小説に出てくるキャラを使おう! と、話が進んだのですが短編なので候補の大半は次々と切り捨てられることに・・・・・・。結局各小説の主要キャラ+αが選ばれました。あ、もちろん今作は既存の小説とは完全に別の、オリジナルです。(中には例外もありますが・・・・・・。)
ここで本当に簡単に各小説を紹介しておきます。とりあえず参考にどうぞ。

「AC3 ジ・アナザー」
作者 NO,2132
かつては管理者実働部隊ACだったパンプキンを巡る戦いの記録。ここからはオルダーが登場。
Remix版もある。

「バトル・オブ・ラビリンス」
作者 NO,2132
ジ・アナザー後に始まった小説。一時期トラブルにより中断されていたこともあった問題作中の問題作(?)。管理者崩壊後の地上とレイヤードとの紛争を画いている。ここからギドゥ伯爵とACハレルキンが登場。

「AFTER WAR」
作者 ハングドマン

幸薄し運び屋(?)ガレフ=ラーレフが主人公の物語。正体不明の組織、財団との戦いの記録。ここからガレフとゼードリューが登場。


と、こんな感じです。とはいっても中には終了としていないものもあるでそれらのネタバレにはならないように注意しています(汗

次はキャラ紹介です。それらはNO,2132さんが担当していますので、ナイスすぎる(?)批評、是非楽しんでください(笑


ヘデム・ニキル
本編の主人公。今作オリジナルの男性。単純明快な性格。職業はスリだが、明らかに以前に別の仕事をやっていたと思われる言動があったが、詳細は不明。
オルダーの協力者からカード入りの財布をスったため今回の戦闘に巻き添えを食うこととなった不幸な男。しかし戦闘にはどこか乗り気な雰囲気がチラホラ。

オルダー
男性のレイヴン。長めの銀髪を後ろで束ねている。冷静な性格で、ACでの格闘戦(殴る、蹴る等)のプロフェッショナル。しかし今作ではそれが出てくることは殆ど無かった。悪魔の舌破壊の依頼を誰から受けたは不明。ちなみに一応原作の後という時間軸なので、それらしい事を何度か口走っていた。どうもガレフと仲が良かったように見えたが、某お気楽メカニックの影響だろうか?

ガレフ=ラーレフ
運び屋。男性。口よりも先に手が出るが、仕事は確実に行う実直な性格。
主人公格なのだが今作ではオルダーからお茶を集っていたぐらいしか出番がなかった。自分の仕事以外には全く「手」を出してくれない薄情な奴でもある。

ゼードリュー
両瞼を縫いつけ開かないようにしている不気味なレイヴン。どちらかといえば無口な方だがやたらオルダーと話していた。オリジナルのカードを破棄したまではいいが、一体何が目的なのかよく解らなかった人。
大分原作と性格が違う気がするが、酒でも入っていたのだろうか・・・・・・。

ギドゥ伯爵
逆上しやすい性格の男。顔の半分を鉄仮面で覆っている。
クレストに強制的に強化人間手術を受けたあげくに捨てられる。その恨みを晴らすべく悪魔の舌を起動させようと画策していた。
失敗作とはいえ強化人間なので強いはずなのだが、出てきた途端にヘデムにボコボコにされる。最後は本人の知らぬ間に己の引導を自らの手で渡した。
ゼードリューにカードは破棄されるわボコボコにされるわ・・・・・・もしかしたら今作一番の不幸の男かもしれない。

親爺
本作オリジナルの男。本名不明。七十過ぎの老人だが現役の鑑定士であり裏商業の仲介人でもある。この人がカードを一回使用したお陰でヘデムの悪知恵が働いたと言っても過言ではない。
ヘデムとはお得意さまと言うよりある種の仲間、と取れる。
登場回数は少ないが妙に存在感があった、はず。


続いてAC紹介です

AC パンプキン
オルダーが搭乗する白の重二脚。原作のパンプキンは全身朱色のカラーリングで、中量二脚。こちらはそれとは違い、正式名称は「N(ニュートラル)パンプキン 雪原仕様」で、本作オリジナルである。
オルダーの技量にあわせて間接部が丈夫になっているが移動スピードは低い。
武装はショットガンに中型ミサイル、レーザーブレード。

AC ハレルキン
ゼードリュー搭乗の漆黒の四脚。原作ではギドゥ伯爵が搭乗していた。今回戦う場面がなかったが、本来四脚で敵を固定させてゼロ距離でガトリングキャノンを撃つのが正しい使い方(?)。
それにしても自分の愛機に他人が乗っている時点で既に末路が決まっていた気がするのだが・・・・・・。
武装はレーザーライフルとレーザーブレード、ガトリングキャノン。


以上でキャラにAC紹介は終了です。
それにしても書き始めた当初、果たして一ヶ月で終わるものかと実際冷や汗(特に一月はいってから)を流していましたが、無事(?)に後書きを今書けています。
今回クリスマスのお話なのですが、なかなか話の中にそれを盛り込んでいくのに苦労しました。実際クリスマスという言葉が出たのは極僅かでしたし(汗
それでもハッピーエンドで終わらそうと心底思っていました。とはいえ己の願望のみを晴らすことしか考えず、一気に不幸になった輩もいました・・・・・・。実際人の幸せなんて分からないものです(苦笑
ちなみにヘデムは何か正体を隠していたようですが、今後の登場予定はありません。(親爺ならばいつか出てきそうですけれど。)ACならではの「結局分からないまま終わる」世界観に倣ってそうしました。決して書くのが面倒だったわけではありません。
さて、だらだらと後書きを書いてきましたが、そろそろ閉めようと思います。

それでは。



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