ちょっぴりとあごひげを生やした男の耳に、オペレーターの声がじっくりと染み込んでくる。

「レイヴン、ACを投下します。着地の衝撃に備えてください」

 男は、それを聞くと同時に簡単な機体チェックを済ませた。その後、操作用のスティックを握りながら言う。若い方ではない渋い声が、通信を通してオペレーターに届く。

「了解」

 男は一体のACに乗っていた。
 塗装のされていないメタリックシルバーの色が特徴的なその機体の名は、『無影』と呼ばれている。装備は右腕にマシンガン、左腕にはブレード。そのブレードを、人によっては『ダガー』と呼称する者もいる。なお、格納武器には小型のマシンガンが装備されていた。それはおそらく、その二つの武器だけでは心細いからだろう。
 パイロットの男の名前は『影者』。最近になって、やっとMT乗りからレイヴンになった男である。年齢など、他の情報は不明だ。しかし、レイヴンを名乗っている以上――それなりの実力を持っていることは確かである。
 上空はすでに暗く、小さな星達が存在を主張しているだけに過ぎない。また、地上は多くの建造物が立ち並ぶ市街地である。頼りになる光は道路端の街灯だけ。そんな所を、影者のACである無影が歩き回っている。

「レーダーに機影はない。だが……」

 影者はそこまで言って、目を細めながら画面を見つめ始めた。無影は周囲を見回しているため、様々な方角の映像が目に飛び込んでくる。ダメージを受けていることを示す警告音が鳴り響く中、影者はある存在を確認した。
 それは、逆関節タイプのMT『アローポーター』だった。街灯の光が当たらない所で、闇に紛れていたのである。ただし、レーダーに反応がなかったのはそれと関係ない。そのMTがステルス装置を装備していたからなのである。

「悪いが、仕事だ」

 自分を無理やり納得させるかのような響きをもってそう言うと、影者はすぐに行動を開始した。
 一旦、無影は建物の影に身を隠す。その上で、相手の攻撃が止む瞬間――つまり、リロードの時間を狙って建物の影から即座に姿を現した。足元にあった赤いスポーツカーを踏み潰しつつ、無影はマシンガンを撃ち出した。
 熱を含んだ弾は大量に吐き出され、アローポーターのコアに直撃した。たまらず、アローポーターは反撃としてマシンガンを放ちながら後退する。
 しかし、機動性のない逆関節タイプのMTが回避しきれるはずもない。加えて、装甲はACほどではない。撃ち合って勝てるはずもなく、一瞬の行動停止の後にアローポーターは爆発した。断末魔はなく、人が脱出した様子もない。おそらく、パイロットは声を出す間もなく爆死したのだろう。

「次のターゲットは……」

 言いながら、影者は無影を動かした。レーダーを見ると、五体ほどのMTの反応が確認できる。おそらく、レーダーに異常を起こしていたのは先ほどのMTだったのだろう。
 しかし、次の瞬間にはその考えが一気に覆されていた。再び、レーダーから敵の反応が消えたのである。
 影者は眉間にしわを寄せ、いぶかしげな表情を浮かべた。そのまま、通信をつなぐ。

「さっぱり分からん……オペレーター、どうなってる?」

 しかし、返事はなかった。このときようやく、影者はレーダーのみがジャミングを受けているわけではないことに気がついた。

「妨害電波……面倒なものを」

 つぶやくと同時に、大きな衝撃が影者を襲った。損傷箇所をチェックすると、前方と後方の二方向から攻撃を受けたことが分かった。
 無影は急いで弾がやってきた方に撃ち返すが、当たった様子はない。先ほどのMTとの戦いで、他のMT達は前以上に警戒心を高めたのだろう。

「むぅ……どこまで妨害電波が届いているのかを調べるしかないな」

 面倒そうに髪をかくと、影者は次の行動に移った。無影は上昇を始め、どんどん高度を上げていく。まずは、高低差での妨害電波の影響を調べようというのだ。
 結果、三番目に高いビルを越えれば妨害電波の影響を受けないことが発覚した。なぜ分かったのかといえば、オペレーターと連絡がとれたからである。

「オペレーター、妨害電波の発信源は分からないか?」

 影者が期待もせずにそう言うと、良い答えが返ってきた。

「その地点から北3キロのところに不審な物体が存在します。近づくほどジャミングがひどくなっているところを見ると、妨害電波の発信源に違いありません」

「なるほど。では、破壊に向かう」

 一言返し、影者は無影を北に向かわせた。無影はビルからビルへと飛び移り、軽量二脚の機動力を最大限に生かしている。ACにとっては3キロなど、どうということもなかった。さして時間もかからずに到着する。

「あれ……か」

 目前には巨大なECM装置があった。それが妨害電波の大元であることを示すように、レーダーや通信は機能を停止している。
 ACの機能の自由を奪うものに遠慮などするはずもなく、無影は素早くマシンガンを撃ち出した。一瞬だけ青い電磁波を発すると、ECM装置は爆発した。

「さて……最後の仕上げだ」

 レーダーと通信が回復したのを確認すると、影者はレーダーに移る敵の元へ向かう。残る目標は二つ。無影はそれらのいる付近まで接近すると、建物の影に姿を隠した。

「今度はこっちの番だ」

 影者はそう言うと、無影を建物の影から出した。反撃の暇を与えないために、無影は素早くマシンガンを乱射する。

「な、何!?」

 一機目のアローポーターは突然の事態に反応が遅れ、パイロットのたった一言と共に爆発した。
 残る一機のアローポーターがロケットで反撃する。無影はそれをモロにくらってしまうが、動きを封じられることはなかった。無影は真っ直ぐ、滑るようにブースト移動して、最後のアローポーターの目前に迫る。

「まぁた、修理費がかさむな……こりゃ」

 戦闘中にも関わらず、ため息まじりに影者は修理費の心配を言葉に出した。しかし、それが操縦に影響を与えることはない。すれ違いざまにブレードで横一閃、無影は最後のMTを切り裂いた。くるりと反転しながらブースト移動を終えると、無影はその場に停止する。

「ターゲットの全滅を確認。これより機体を回収……」

 オペレーターが作戦の終了を言いかけ、途中で顔色を変えた。やや強めな口調で、オペレーターは異変の内容を影者に伝える。

「……そんな!?大型の爆弾を感知しました。すぐにそこから30キロ以上、離れてください。爆弾の温度が上昇中……三十秒以内に爆発します」

 『何でこんな目に』とでも言いたげな表情をして、影者は頭を抱える。そして、気を取り直してすぐに無影を動かした。

「今日は厄日かよ……」

 忌々しい様子で言いながら、影者はひたすらにその場から無影を遠ざけようとする。しばらく移動したところで、爆弾は起動――道路の下から次々と爆炎が上がっていく。けたたましい音と共に爆発が、無影を追いかけていった。

「や、やべぇ……」

 破壊的な熱量が、無影に迫る。危惧は現実となり、無影は爆発の餌食となった。
 とてつもない破壊力により、無影の装甲は異様に変形する。加えて、強大な熱量が機体全体を支配していく。

「……使い物にならねぇ」

 衝撃の影響で倒れた上体をむっくりと起こし、機体のシステムをチェックしながら影者はそう言った。

「レイヴン、機体を回収しに向かいます。そのまま待機していてください」

 オペレーターの通信が、影者の耳に届いた。機体は行動不能に陥っているため、待つ以外に方法はない。 影者は『それしかないだろうな』と思いながら、脳裏に浮かんだことをつぶやく。

「こりゃ、機体替えだな」

 しばらくし、輸送ヘリが到着した。機体ハンガーに捕獲されると、無影は輸送ヘリと共に空中へと飛び立つ。
 ガレージに帰還すると、無影は室内の片隅で廃棄処分を待つことになった。外装のみでなく、システムすらも壊れてしまった無影がミッションに復帰することはできなかったのである。
 ぼろぼろになったその姿は、おせじにもかっこいいとは言えない。しかし、今まで影者と共に戦ってきた機体だ。影者はぼろぼろになった無影に軽く敬礼すると、名残惜しい様子で新しい機体の元へと足を運んでいった。


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