第1話:Wheer of Fortune−前編−

  既に雲海は眼下に有り、月の光と星の輝きが雲海上を華麗に、幻想的に彩っている。
  アーカイブエリア上空1万メートルを航行している輸送機に搭載された愛機――シュツルム・ティーゲルと共に、ジグルド・クロイツァーは任務開始の時を待っていた。
  狭苦しいACのコクピットに身体を押し込んでいるので特にやることは無い。機体や銃火器、電子兵装の調整も既に終えているので、愛機を中継して機外の観測カメラから送られてくる華麗な光景だけが退屈を紛らわせていたが、もはや見飽きている。

「ふあ・・く・・・まだかかるのか?」

  欠伸を噛み殺しつつ、ジグルドはぼやいた。計器の発する光が、銀糸で作ったかのようだがボサボサの頭髪に反射する。もうこの輸送機に乗り込んで7時間は経つだろう。だが好き好んで乗っている訳ではない、彼はレイヴンなのだから――
  今回の依頼はミラージュ社が管理している軍事演習所に運び込まれた新型パーツの破壊、もしくは奪取するという依頼だ。
  だが機長からのコール音が、退屈を振り払った。

「ついたのか?」

<降下地点に到達した、幸運を祈る>

「良いだろう、ハッチを開けてくれ」

  言い終える以前にジグルドの指はキーパッドを操作して、ACの起動手順を完了させている。

<シュツルム・ティーゲル――起動します>

  機体に搭載されている簡易AIが、機能診断プログラムに沿って女性の声色で報告する。

  バシャッ!!

  機体の拘束ボルトが解除される感触が、コクピット・ブロックに伝わる。

<これよりハッチを開く、神のご加護を>

  軋みながらもハッチが開ききり、入り込んだ月光がシュツルム・ティーゲルのマットブラックとダークグレーの迷彩パターンで彩られた装甲を照らす。
<カウント開始――6・5・4・3・2・1 降下しろ!>

  合図と同時に、ジグルドはフットペダルを踏み込む。機体も虚空へと一歩踏み出し、眼下の雲海へと機体を躍らせた――


  シュツルム・ティーゲルの主光学センサーが、一面雲に覆われた映像を映し出し、機体は雲海に埋没したが、層を突き抜けると送られてくる映像はしばらく夜の闇だけとなった。もっともシュツルム・ティーゲルの頭部――SCHD−TIGEREYEに搭載されている観測システムは優秀で、外界の様子はグリーンだということ以外真昼も同然の明るさに調節される。だがこの間にも、高度計は凄まじい速さでカウントを縮めている。

「頃合だな・・・」

  設定しておいた高度を切るとコア背面のブースタが自動点火、残り十数メートルをゆっくり下降し、羽毛が舞い降りる様に荒野へと着地する。モニター端に標的の方角と距離、周辺の地形情報が表示され、手早く記憶して移動に取りかかった。
  既にミラージュの警戒網の中にいる、1分もしない内に捕捉されるだろう。できる限り迅速に標的に辿り着かねば――フットペダルを限界まで踏み込むとブースタが作動し、一気に470km/hまで加速する。
  しばらく進むと、荒野の先に標的の施設が発する微かな光芒を視覚したと同時に、警戒システムが捕捉された事を報せる。

「こちらを捉えたな・・・」

<ジグルド、君の役目は派手に暴れて敵の目を増援の寮機から逸らす事だ。がんばってくれよ>

  オペレーターのアリウス・ロウの通信を聞き流しつつ、戦闘モードを起動する。

<戦闘システムを起動します――レディ?>

  簡易AIの報告と共に、メイン・モニターにはFCSと銃器のセンサーからなる照準が表示される。
  施設から出現した複数の熱源を捕捉する。迎撃部隊を出動させ、警備に就いていた部隊も呼び戻すはずだ。
  もはや旧型となっているカイノス/E06で編成された部隊が進路を塞ぐ形で展開している。当然排除しなければならない。
  今回の任務では、右手にMG−800を装備させていた。内部は市販のままだが、弾丸は装薬を増やした物を装填しているため、MTやガードロボット程度なら物の内に入らない。
  懸命にもレーザーを発射してくるMT達だが、軽量級AC機動性の前には無力だ。
  レーザーを難なく避け、散開する前にマシンガンで掃射を加え、無力化させた。
  さらに行く手を遮るように現れた新手も、同様に弾丸を叩き込んで屑鉄に変えるが、完全に倒れ込む前に距離を詰めると、そのままステップボード代わりにふみつけた。
  CLL−SECTOR/Cが持つ瞬発力とブースタを利用して、一気に演習所管理施設の入り口に着地する。
  演習所周辺を警備していた部隊と接触するまで時間がかかるのをデータで確認する。
  今の内に航空戦力を無力化するために駐機場まで移動しつつ、所々に設置されている燃料タンクや弾薬箱にも弾丸を撃ち込んでおく事を忘れない。
  目当ての駐機場まで来ると、左腕に装備されたGRSL−20の砲口を突き出す。無造作にヘリや戦闘機の間に榴弾を放ちつつ、MG−800も発砲。航空機は全てその残骸を晒すだけの存在に成り果てた。己の仕事ぶりを評価すべく、しばらく燃え盛るスクラップを見遣っていたが、ふいにジグルドの耳朶を通信の呼び出し音が叩いた。

<お〜い、たのしんでるかい?>

<フフフ、おいしいところはちゃんと残っているかしら?>

  脳天気な男の声と、おっとりとした少女の声がスピーカーから響いてくる。

「来やがったな・・・ウインド、ティレーネ、早くしろ。さもないと俺が残りを平らげてしまうぞ!」

  声の主に言い返しつつ、ジグルドは視界に入ったガードロボット――アローポーターDを撃破している。機体の音響センサーが、AC運搬用のスリング・ヘリ独特のローター音を拾う。

<寮機のワイルドギースとシャールカーニュが到着した。ここからが本番だよ!>

「まかせろ」

  アリウスの報告に短く応え、ヘリから降下した2体のACも加えてさらなる鋼鉄と爆炎の宴を繰り広げる――


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