第2話:Fight in Arena―前編―

 ――ピピピピッ、ピピピピッ!

 心地良い暗闇の中に、警報が鳴り響いている。
 いや、これは・・・・目覚まし時計か?

 ピピピピッ、ピピ――バシッ!

 大きな掌でしばかれ、主張を弾圧された時計は、それっきり黙りこむ。ジグルドは叩いたついでに今何時かと、時計を掴んで目の前まで持ってくる。デジタルで表示された時間は、朝の8:30を少し過ぎている事を報せている。

「・・・・・・・」

 そのまま時計を有った場所に戻し、眠たげに二段ベッドの下段から起き上がった。洗面を済ませるために寝室の入り口まで来たが、不意に振り向いて、最前まで自身が眠り込んでいた二段ベッドを――正確には二段ベッド上段を見遣った。

「スー・・・スコー・・・・・」

 微かな寝息が聞こえる。
 寝息の主はジグルドの専属オペレーターであり、親友でもあるアリウス・ロウの物だった。彼は放っておくと昼頃まで寝入っているだろう。ジグルドは友の姿を見てボンヤリ思う。

(頭脳労働担当の方が先に起きるのが、お約束じゃなかったか?)と。

 しかし、なるべくそういう考えはしないように努めている。
 アリウスは昔から虚弱体質であり、彼には散々無理をさせているのだから休める時は休ませてやろう。ただ体調が優れている日も、自分よりも長く寝てるのはどういうものか?とも、ジグルドは思わないでも無い。
 そんなとり止めもない考えをしつつ、足は洗面所に向かっている。今日は久しぶりに――本当に久しぶりに、アリーナに参加するのだから。

   洗顔を済ませたジグルドは、そのままテーブルの上に「アリーナに行ってくる」とだけ書置きを残し、自身はマンションのパーキングへと降りた。
 薄暗い駐車場の片隅に、今では珍しくなった水素燃料で稼動するバイク――1200ccの大型の物だ――が停めてある。キーを差し込んで捻り、キック一発でエンジンに灯を入れると、低いが雄大さを物語るには十分な振動を吐き出した。2,3回スロットルを捻って調子を診るとジグルドは問題無いと確信し、そのままヒラリと機乗(?)の人となった。目的地はグローバルコーテックス北方支部、このマンションは北方支部の近くに存在しているため、3〜40分位で着くだろう。ジグルドはスロットルを捻り、暑さの残る初秋の朝にバイクを乗り出した。

  北方支部に着くと、ジグルドはまっさきにAC格納庫へと足を運ぼうとしたが、朝食を摂っていない事を思い出し、先に食事を済ませる事にした。
 1Fにはカフェが在る。今日は運良く人がまばらに居るだけなので、近くにいたウェイトレスにローストビーフサンドとトマト&オニオンスープ、ミックスジュースのセットを注文し、心行くまで頬張る――
 食事を済ませると、ジグルドは今度こそACの格納庫に赴いた。ACの整備ブースも兼ねる格納庫は、いつも喧騒に包まれている。金属を打ち合わせる音、テスト・ジェネレーターが発する唸り、レイヴンとの遣り取りでヒートアップした技術者の怒鳴り声――等々。
 そんな中で選任技術者であるモトコの姿を求め、己が愛機の所に足を運んだ。彼女は機体の足元に置いたパイプ椅子に腰掛けてタバコをくゆらし、ジグルドを待ち受けていた。
 整備用ツナギの上に、オイル汚れが付着した白衣を羽織った女性――モトコ・スズカの方が先に気づいた。

「よう、今日は早く来たな」

  シュツルム・ティーゲルの整備を担当する彼女は、ジグルドの姿を見つけるとトーンを大きくして声をかけた。

「ああ、早起きは三コームの得っていうだろう?」

 ジグルドは調整要項を書き込んだ自分の携帯端末を手渡しつつ、うそぶいた。

「良い心がけだ、ついでにもうちょっとティーゲルを大切に扱ってやったら上等なんだがな」

 ブラウンの長髪をひっつめにし、眼鏡の奥から冷ややかな視線をモトコは送ってくる。

「ACなんかでトンボを切って、よくもあたしの仕事を増やしてくれたもんだ。腰部サーボがもうチョットで損傷するところだったぞ」

「あの時は仕方なかったんだ。それに、あんたが手掛けてくれたから俺とコイツは無事だったんだ。次はちゃんと乗りこなすからカンベンしてくれ」

 そう言ってシュツルム・ティーゲルの高分子素材と高剛性チタニュウムとその他諸々で造られた複合装甲を手の甲で叩きながらジグルドは話す。その声には、僅かに反省の色が混じっている。

「フン・・・・まぁ、砲弾の直撃が無かっただけでも上出来か・・・・それに財布の金が減って行くのはあたしで無く、あんただからな」

 そう呟いた言葉に、それ以上ジグルドを咎める響きは微塵も無かった。それにも増してモトコの表情は、微かだが、本当に微かだが何やら楽しげな微笑が浮かんでいる。

「あんたがこの時間に来るっていう事は、テストもするみたいだな。他に要望は有るか?」

 そう語りかけるモトコだが、目は調整要項が書き込まれた端末を見遣りつつ、マシンオイルにまみれた手は近くにたむろしていた整備員を招き寄せている。

「無い。強いて言うなら、いつも通りパーフェクトに仕上げてくれ」

   ジグルドはそう言いつつリフトに乗ると、上昇してコクピット・ブロックに乗り込む。手早くコンソールを操作して機体調整用のプログラムを表示させた。

「当たり前だ。いつも通りパーフェクトに仕上げてやるさ!」

 モトコはタバコを携帯灰皿に捨てると、ぞろぞろと集まりだした整備員を尻目に、不敵に宣言した。


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送