第2話:Fight in Arena―中編―

 シュツルム・ティーゲルの調整は、問題なく行われた。損傷が目立つ箇所は帰還すると即座に修理されるのだが、前回の任務では被弾と呼べる物は無く、既に劣化したパーツは交換されており、機体各部の通常検査だけで済んだ。これだけはパイロットが居なくても行える。だが問題はそれだけでは無い。
 スロットルの引き具合やペダルの硬さ、機体の感度はそれをよく知る人物――操縦者であるレイヴンの存在が不可欠だ。ただパーツを組み込んで終了という訳には行かない。ジグルドはテスト走行を終えて格納庫に戻ると、機体をハンガーに固定させ、コクピットから降りた。

「どうだ?」

 腕組みをしてモトコが聞いてくる。

「右ブースタがちょっと遅い。それに、右手の補正がかかり過ぎてる。相手は“不死鳥”だ、ズレを直す隙を与えてくれるか分からん・・・と、これ位だな」

 新しいデータを書き込んだ携帯端末を手渡し、モトコが結論を出すまで待つ。

「ふむ、ミラージュの新しいアクチュエータは柔らか過ぎるな・・・・ブースタはズレが出てるみたい・・・・よし、これでやろう」

「頼んだ、他に何かあるか?」

 問いに僅かに考える素振りをみせたモトコだが、答えは直ぐに出た。

「・・・・有る。皆、腹が減ってる。買ってきてくれ」

ジグルドは左手首に着けているCASIOの時計を見遣った。そろそろ正午を過ぎようとしている。

  「了解・・・・弾薬の装填は頼んだ」

「おう、さっさと行け」

 薄汚れた野良猫を追っ払うような手つきで、モトコはジグルドを追いやった。

「う〜い」

 投げやりな返事で応じると、ジグルドはのんびりと朝来た道を戻った。


「あら?あなたがここに来るなんて珍しいですね」

 整備チームのサンドイッチやハンバーガー、飲み物を紙袋へパンパンに詰め込んでいると、背後から鈴を振ったような澄んだ声が、ジグルドの耳朶を打った。振り返らずとも、正体はわかっている。

「たまにはアリーナで顔を売っとかないとな。それに、下っ端の挑戦を断り続けるのもシンドイ」

 そう言って振り返ると、眼前にはあどけないが上品な顔立ちの少女――ティレーネ・デューラーの姿が在った。もっとも見慣れているのは首から上だけで、いつもの耐圧服ではなくシックなデザインのスーツに年の肢体を包んでいたが。

「そう言うお前は何をしに来たんだ?」

「ミラージュ社の会議が有ったの。新しい商品を考案してるんで、アドバイザーとして参加しました。それと、別件で依頼を引き受けたんです。これからお昼を持って空港に行かなきゃ」

「・・・・・なるほど。忙しいこったな」

 苦笑混じりに応じるジグルドだが、別件の依頼とやらはあえて詮索しなかった。

「フフフ・・・・ところで、今日の相手はだれなのかしら?今ジグルドはB−2だから――」

「“不死鳥”だよ。勝てばB−1だ」

“不死鳥”という単語を聞いて、ティレーネは微かに含みの有る微笑を浮かべた。

「カロンブライブのおじ様ですか・・・・ジグルドには少々物足りないんじゃないかしら?」

 微かに怪訝な気配を少女から感じ取ると、ジグルドはおどけた調子で注釈を加えた。

「むぅ、イカン、実にイカン、勝敗とはどちらかが二度と立ち上がれなくなってから結果が出るのだよ。万一俺が負ける可能性を誰が否定できるのかね?んん、ティレーネたん?」

「はいはい、だから全力を持って相手を倒すんでしょう?聞き飽きました」

 ウンチクが語りきれず僅かに困った表情をしているジグルドを尻目に、昼食を受け取ったティレーネは、そそくさと踵を返した。

「何にせよ速くAランクに上がって来てください。ウインドが退屈で死にそうとのことです」

「分かったよ・・・・そっちこそ、昼飯食い過ぎて動きを鈍らせるなよ?」

「それって、セクハラです!」

 ティレーネは振り返ってジグルドに舌を突き出すと、カフェを出て行ってしまった。

 通路に出てティレーネの後姿をしばし見送ると、ジグルドはAC格納庫へ足を向けた。


「遅かったな・・・あたしらを餓死させる気か?」

 格納庫に戻ると、ちょうど作業が終了した所のようだ。モトコを除く整備班は機材の後片付けに入っている。

「スマン。知り合いが居て、少々話し込んでたんだ」

 そう言って持っていた紙袋を押し付けると、中から自分のハンバーガーとコーラを取り出す。

「こら、あたしに押し付けて先に食うな」

 そのセリフを聞いた整備員達が、後片付けもそこそこに、待ってましたとばかりにモトコの周りに群がってくる。

「おい。あたしより先に食うんじゃない、お前ら?聞けっつの!?」

 横取りされてはかなわないと見たモトコは、抗議もソコソコに自分の昼食を取り出す。そして取り出しながら周囲を罵倒する。

「ええい、お前は混合オイルでも飲んでな。こらジグルド!あたしにばっかり押し付けて!!」

 とりあえず昼食の争奪戦を切り抜けたモトコは、シュツルム・ティーゲルの足元に置かれた弾薬箱に腰掛けてハンバーガーを頬張っている、機体の所有者の傍らに腰を下ろした。

「まったく・・・・余計なことまで押し付けて、ちゃっかり自分は先にメシにありつくとはどういう了見だ?」

「まぁ・・・そう言うな。俺はさっさと食って・・・・・2時半まで寝る、ベストの状態で行きたいからな」

 ムシャムシャとハンバーガーを食いながらノンビリと答えるジグルド。しかしジグルドのセリフを聞いたモトコは、鼻を鳴らして応じる。

「フン・・・良い身分なことだ」

 このセリフを聞いたジグルドは僅かに表情をしかめたが、特に反論することも無くハンバーガーの残りを口に放り込んだ。

「今何か言おうと思わなかったか?」

「いや、別に・・・・」

 口腔に絡みついた肉汁をコーラで洗い流しつつ、何気ない素振りでモトコの疑念を否定した。もっとも、心中では舌打ちを忘れなかったが。

「まぁ、良い・・・・聞くだけ無駄だと思うが・・・・勝てそうか?」

 サンドイッチを頬張りつつ、モトコは取り留めのない会話を続ける。

「負ける気はサラサラ無いな。もっとも、相手が俺を楽しませてくれるかは、まったくわからんが」

 弾薬箱の上に仰向けに寝そべりつつ、相変わらずノンビリとジグルドは答える。しばらくの間、モトコはサンドイッチを頬張ることに夢中になっていたが、食べ終えてしばらくすると、再びジグルドに声をかけた。

「・・・・・・おい、起きてるか?」

「・・・・・どうした?」

 寝そべっているため、ジグルドの視界にはせいぜいモトコの後頭部しか映らなかった。表情はわからないが、モトコの声はいつもより無愛想だった。

「念のためだが・・・・本当に念のために言っておくが、負けるんじゃないぞ」

 既にこのセリフを何度か聞いたことがあるジグルドは、苦笑しつつ皮肉った。

「まるで俺が負けるみたいじゃないか・・・・」

「うるさいよ、黙りな」

「わかってる・・・負ける気がしないのは・・・・・確かだ・・・・・・」

 答えつつもジグルドの意識は、心地良い闇に包まれていった。モトコは、そのまま何も言わずにポケットのシガレットケースからタバコを一本取り出し火を点けると、傍らでのんびりとくゆらした。


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