第2話:Fight in Arena―後編―

 僅かな灯りだけが、エレベーター・シャフト内を照らしている。剥き出しのパイプや電気コードの束が、メイン・モニターをゆっくりと下降して行く・・・・やがて終点が見えた。
 堅牢なゲートを前に、ジグルドはゆっくりと目を閉じると、グリップの感触を確かめた。ブザーと共にシグナルが赤から緑に変わり、眼前のゲートが開く音が耳朶を打った――目を開けてゆっくりとフット・ペダルを踏み込む。こことは比べ物にならない程の光芒が、シュツルム・ティーゲルの装甲を照らし出す。

『わああああああああああああああああああああぁっ!!』

 音響センサーが拾ったのは、歓声とも嬌声ともつかぬ叫びだ。丁寧なことに、観客席の声援をフィールドに届くよう細工してある。そう、ここはアリーナだ。
 レイヴン同士が求める物を得る為に、銃火を交える鋼鉄のコロッセオ――アリーナだ。


『ここアリーナには、まさしく血涌き肉躍る戦いを求め、多くの観客が押しかけています!元レイヴンでありイケイケの実況でお馴染みの、マックス・マクファーレンと』

『何故か私は解説をやるハメになってしまった彼の相棒、ジョニー・フィリップがお送りします』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!』

 司会の解説に、観客席からさらなる嬌声が沸き起こる。もっとも、正確には観客席にしつらえた集音マイクから響いて来るのだが・・・・ちなみに観客席は、透明の特殊な防御スクリーンに守られており、大型要塞破壊用の榴弾砲でも使わない限り、スクリーンは破壊不可能だ。
 主光学センサーを対面にあるゲートに移すと、対戦相手であるカロンブライブが駆るファイヤーバードがゲートを潜り、これまでの戦火に彩られたかの様な真紅の機体を晒す。
   頃合いだろうと思い、カロンブライブとアリーナ内共通回線で一言交わしておく。

「楽しませてもらおう」

<つけ上がるなよ、若造――>

 だがカロンブライブが喋り終える前に、トリガーに指を添えると、ファイヤーバード目掛け照準用レーザーを照射される。僅かに遅れてこちらのコクピットにも、捕捉警報が鳴り響く――

「遅いぞ。その程度か?」

<貴様・・・・!>

 カロンブライブの声は、微量の悔恨と多量の怨嗟によって擦れていた。
不敵に言い放ったジグルドは、一方でジェネレータの出力を、戦闘機動レベルまで引き上げる。余熱運転をしておいたので、何らストレス無くパワーゲージが上昇する。そろそろ機体状況をモニターしている管理部が、レフェリーに試合開始を指示する頃合いだ。

『さぁて、皆様!双方の準備万端のようです。それでは試合開始の合図を宣言したいと思います!レディー――』

 ジグルドの双眸はさらに鋭さを増し、スロットルの僅かな遊びを、OB発動ギリギリまで押し込む。一秒ですら、永遠に感じられるような感覚――

『GOッ!!』

 スロットルを押し込むと同時に、OBが作動。コア背面のハッチが開くのを感じた次の瞬間には、推力確保のパワーチャージを極限まで切り詰めたOBが、ジグルドを圧倒的な加速Gの真っ只中に放り込む。既にファイヤーバードとの距離を、800メートルに縮めている。だがさらに間合いを詰める必要が有った。
 シュツルム・ティーゲルの機動性能は、登録されている全てのランカーAC中最高を誇る。だがこのシュチュエーション、ある程度長距離の武装を施した敵には、一気に間合いを詰めなければならない。こちらの銃火器は左右のショットガンとマシンガンのみ。長距離の戦闘には不向きだ。加えて機動力に費やした分、装甲は犠牲になっている。
 敵の武装は、ライフルやミサイル、ロケットランチャーが含まれている。いかにこちらが速く動いても、相手は砲口を僅かに逸らすだけで容易にこちらを捕捉できる。故に、一気に間合いを詰めることが、勝利の第一歩と言えた。
 案の定、ファイヤーバードのバックユニットに装備されたミサイルポッドから、ミサイルが放たれる。それは推進モーターの尾を引いてティーゲルの頭上で二つに割れ、中から小型の爆弾と破片を撒き散らす。だが巧みにティーゲルはこれを回避。この間にも、ファイヤーバードとの距離を550メートルに縮めている。
 ジグルドは強烈な加速Gに圧迫されつつも、マルチ・ディスペンサーを作動させる。コアの胸部装甲が僅かにスライドし、中から缶ビール程の小型ミサイルをばら撒く――放たれた数十機の小型ミサイルは、機体の周囲をランダムに飛び交い、濃密な煙幕と強力な閃光を生み出す。その僅か数瞬後に、ミサイルを回避することを予測していたカロンブライブが放った銃弾が煙幕を貫く・・・・・煙幕だけを。
 カロンブライブの視界から、ティーゲルを遮った目暗ましは、見事その役目を果たしたのだ。そしてこの間にも、遺失技術をふんだんに投じた特殊合金からなるアリーナの地面を、煙幕を抜けたティーゲルは氷上を優雅に疾走するダンサーの如く、素早く、滑らかに間合いを詰める。

<――ッ!!>

 カロンブライブは、咄嗟に機体を右に踏み出させた。一方ジグルドは左下から右上に向けて、右手のMG−500を、ロックオン抜きで無作為に掃射。マシンガンの放つ咆哮と銃弾は、魔神が撃ち振るった剣の如く、ファイヤーバードに襲い掛かる。
 都合十数発の銃弾は、左腕の装甲を叩いて疾走った。アリーナで使用される武器は、実弾ならば装薬量を減らす、エネルギーを使用する物は出力を抑えることによって、パイロットの安全を図る――ともかく銃弾は、装甲の厚い箇所であったことも有り、辛うじて弾くことが出来た。だがこれは意図的に行った射撃――
 右上に薙ぎ払ったマシンガンに続いて、突き出された左手のショットガンが、マシンガンに続いて咆哮を連ねる。あえて直撃させずに不適切な掃射を行ったのは、ショットガンの確実な一撃を狙ったものだ。減装弾とはいえ、音速で放たれた散弾はファイヤーバードのコアを捉える。装甲板が火花と鈍い金属音を響かせて陥没し、機体は着弾の衝撃にたたらを踏んで止まる。

『おぉっと!大胆にして見事な接近と陽動、ファーストアタックを決めたのはジグルドだぁ!!歴戦のレイヴンと言えど、この挑戦者には歯が立たないかっ!?』

『わああああああああああああああああああああああああああああぁっ!!』

 観客席の嬌声はさらに高まる、解説の声を全てかき消す程に。

「どうした、B−1ランカーってのはこんなモノか?もっと楽しませろよ」

 氷刃の如く恫喝を、ファイヤーバードにショットガンの銃口を突きつけつつ、不敵な笑みで言い放つジグルド。この言葉にカロンブライブは、憎悪と憤激の怒号で応える。

<粋がるなぁぁぁぁぁぁっ!!>

 同時にバックユニットの3連装ロケットランチャーを連射。ガイドラインの修正もそこそこに、猛全と連射する。負けじとジグルドも両手の銃に凶暴な二重奏を奏でさせ、機体を左に捌く。狙いはライフルとミサイル・ポッドだが、追加装甲に阻まれて直撃させられない。たちどころに近距離で業火の交響曲が開いた。

<うおおおおおおおおおおぉっ!>

 外部スピーカーからは雄叫び、ロケットランチャーからは盛大な砲弾を撒き散らしつつ、カロンブライブは一気にティーゲルとの間合いを詰める。だがジグルドも退かない。執拗に敵機の右側面を取りつつ、敵手の射界外から銃火を収束させて、追加装甲を破壊する。このまま一気に圧倒しようとしたが、ファイヤーバードのコア背面から頭上にEOが射出される。
 咄嗟に左腕を引き寄せコアを庇ったティーゲルの左腕に、放たれた2条のレーザーが突き刺さる。だが右のマシンガンは依然猛烈な銃火を吐き出し、ファイヤーバードの右肩を付け根ごと粉砕せしめた。続けてコアを撃ち抜こうとしたが、EOが放つレーザーに遮られ、後退を余儀なくされた。

(伊達じゃ無いな・・・・中々決め手を打てない)

 ジグルドは内心舌打ちしつつ、被害状況を調べる。被弾した左腕は、出力が抑えられていたことも有り、深刻な被害は及ばなかったが、伝達系に不調が見られる。コアへの被弾は、辛うじて装甲板が止めたようだ。
 ファイヤーバードは、残されたブレードを起動させ、左の追加装甲を体前に押し出し、臨戦態勢を整えている。
マシンに感情など無い。だが操縦者を反映させることは可能だ。今のファイヤーバードは損壊した装甲板と、未だ尽きぬ主の燃やす闘志に応じ、手負いの野獣その物と言える。一方ジグルドは容赦も遠慮もしない。立ち塞がるなら倒すことのみ、それがせめてもの手向けだ。左右の銃口を、ファイヤーバードのコアへと向ける。
 FCSが完璧に捕捉する前に、モニター内のファイヤーバードが突撃を再開した。EOも起動させ、追加装甲に守られた機体左腕部のCLB−LS−3771“ダガー”が光刃を形成する。
 ジグルドも前に出る。機体のフットワークも軽やかに、こちらを貫かんとするレーザーを際どく避けつつも前進させる。掠め去ったレーザーが、部分的に愛機の装甲を溶かす。だが不意にファイヤーバードが急停止、EOの弾幕はそのままに、撃ち尽くしたロケットランチャーをパージ。それをティーゲルに向け、フレームが叩き出す限りの力で、ソレを蹴り飛ばす。
 咄嗟に視界を遮った物体に、瞬時に半自動照準から手動照準に切り替え。放たれた2種類の銃弾は、ランチャーをただの金属片へと変える。だがこれは陽動。既にファイヤーバードの機体は、モニターに大映しになっている。だが逆にジグルドは振り抜かれる斬撃へと、あえて機体を踏み込ませた。
 闘技場に鳴り響くは巨大な金属音――

<ぬぅっ・・・・!?>

 それは戦いの終焉を告げる物ではない。圧倒的な機動力によって、レーザーエッジがコアを切り裂く前に、左腕の稼動範囲内に踏み込み、ショットガンを捨てた左手とマシンガンを握ったままの右腕で、ファイヤーバードの前腕部を押さえつけたのだ。
 なんたる技巧!精妙な技に、勝利を確信していたカロンブライブの喉から、思わず驚愕のうめきが洩れ出る。
 だが損傷した左腕のみならず、軽量級腕部と中量級腕部のパワーの差は、覆すには代償が大きい。ジリジリと、レーザーエッジの先端がコアを切り裂こうと迫る。このまま一気に押し切ろうとしたカロンブライブが、しゃにむにグリップへと力を込める。押さえつけているティーゲルの両腕に、さらなる負荷がかかり、軋みを上げ始めた。

「ここだっ!」

 ジグルドの口から漏れたのは、敗北の呟きではない。素早く機体を一歩後方へ踏み出させ、少し姿勢を低くさせる。強烈に迫る圧力に逆らわず、それを別の方向に逸らす――左腕が作り出した右上がりの傾斜に滑らされ、ファイヤーバードの振るったブレードは、空気中のイオンだけを切り裂いて、在らぬ方向へと流される。当然解き放たれたパワーは、所有者の意志に背いて機体の体勢を大きく崩している。

  <し、しまっ――>

「惜しかったな」

 カロンブライブが言い終えるより速く、冷徹な一言と共にジグルドはトリガーを引く――MG−500から放たれた銃弾は、ファイヤーバードのコア腹部を覆う装甲板を撃ち砕き、内部骨格すら破壊した。行動不可能に陥る程銃弾を撃ち込まれた赤い機体が、重い音を響かせ、四肢を投げ出すようにフィールドへ倒れ込んだ。


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