第3話:Replacement Mercenary―前編―

「お待たせした、ジグルド君」

 夜の帳が降りてから久しい刻、グローバルコーテックス北方支部のカフェ・テラスの奥まった席で、ジグルド・クロイツァーの対面に座り込んだ初老の紳士が切り出してきた。
 本来は飛び入りの仕事は受け付けないジグルドだが、例外は存在する。彼の友人の紹介であることを示せば、如何なる時間であろうと応じるのが彼のスタイルだ。それがアリーナで戦った直後であろうとも・・・・・・

「気になさらないで、待ったのはこちらの都合による物だ。それより仕事の話をしましょう・・・・・“彼”の紹介ということは、切迫した事情のようですね」

 銀髪に室内の明かりを照り返させ、ジグルドは運ばれてきたセイロンティーのカップを手にしつつ、ビジネスライクに応じる。この返答に紳士は目を閉じ、重々しく頷いた。

「うむ・・・・実は先刻、我が社が管理している研究区画が襲撃を受け、保管されていた7tの金塊が奪取されたのだ。監視システムに映っていた記録によると、ミラージュの・・・・恐らくタカ派による物と思われる。そこで君に頼みたい、金塊を取り戻して欲しい」

 視界の端に、スーツを着込んだ男女が談笑している。ジグルドは紅茶を一口啜ってから、ゆっくりと疑念を投げかけた。

「何故・・・・・俺なんです?MTを乗り回して、強盗の真似事をする輩から金塊を奪い返すなんて、Cランクのレイヴンで十分なハズだ。説明していただきたい」

 紳士が軽く溜息をつき、僅かに力強い口調となって答える。

「今回の件、MTだけでなくACの存在も確認したのだよ・・・・・・・もはや企業同士で覇権を争って良い時代ではない、これからは互いに手を取り合って生命の営みを育まねばならない。そのためには、タカ派の連中に口実をやる訳にはいかんのだ。そこで“彼”が知っている最も優秀なレイヴンに、秘密裏にこの件を処理して欲しい・・・・不服かね?」

「・・・・・いいえ」

 頭を振りつつ、ジグルドは答える。

「そこまでおっしゃるなら、この件を引き受けさせてもらいましょう」

「ありがとう、ジグルド君・・・・・・・やはり彼の目に狂いは無かったな」

 安堵の表情を浮かべ、紳士は懐からゆっくりと携帯端末を取り出す。

「それは俺が帰って来れたら言ってください・・・・報酬は既に説明されたと思いますが、4万Cです。半分は前金で、残りは作戦の成功を確認してから振り込んでください」

「うむうむ・・・・・これで良し。ヨロシク頼んだ、ジグルド君」

「了解です。それでは」

 自分の携帯端末で、2万Cが振り込まれたことを確認すると、素早く紅茶を飲み干し、代金を置いて席をたつジグルド。
 耐圧服の上に羽織ったレザージャケットの裾を翻し、己の半身とも言うべき存在が待つ、格納庫へと足を運んだ・・・・・・


<で、ここが襲撃を受けたクレストの研究所。情報では、彼らは北東に逃げたって話だけど・・・・・>

 無線から、アリウスの声が響く。既にここは輸送機の中だ。
 ジグルドもティーゲルのコクピット内で、サブ・ウインドゥに降下地点付近の地図を表示させている。彼も逃走経路を表示させているが、彼は画面をじっと見つめたまま、一向に口を開かない。

「・・・・・・・・・」

<クレストの警備網を調べてもらったんだけど、ここ6時間は誰も勢力圏から出るのを見かけてないらしい・・・・で、優秀な狩人さんはどう考えていらっしゃるのかな?>

 アリウスが問う。しばらく沈黙を保ったままだったジグルドだが、やおら口を開いた。

「・・・・・・あいつらはまだ、クレストの勢力圏内にいる」

<どうして?>

「簡単だ・・・・誰も出るところを見ていないんだろう?なら答えは決まってるよ」

 訝しむアリウスに簡単に説明すると、手早くコンソールを操作する。

「ここが工場で、このラインから向こうがミラージュ領。小規模と言っても基地のガードを切り崩したんだ。離脱のことも考えると、腕利きは少数での奇襲攻撃だと俺は思う。一応調べてくれ」

<なるほど・・・・でも、離脱するって言ってもどこから逃げる?相手が輸送機を用意してたら別だけど、いくらミラージュでもクレスト領内に輸送機を持ち込むのは無理だよ>

 先の“サイレントライン騒動”以来、各企業を統治し行政を行う為に発足された“暫定的統治機構”によって、各企業間の抗争はごく僅かに止まっている。かつてはNO.1のシェアを誇ったミラージュ社も、権力を抑制された現在では他企業と同様、真正面からの抗争は潜めている。無論、これらは表向きだが・・・・

「他にヘリっていう手も考えたけどこれも無理だ。離脱に時間がかからないのは良いが、スピードじゃ輸送機に勝てないからクレスト領を出る前に墜とされるだろう。  と言うことは、陸路か海路になるわけだが海までは遠すぎるからボツ。やっぱり陸路だろうな」

<ちょっと待って、遠いって言えば陸路もどっこいどっこいだよ。アーカイブエリアを迂回しなきゃならないから――>

「迂回しなければ良いんだ」

<はぁ?>
 アリウスの口から間の抜けた返事が漏れる。
 実際、考えられないことだ。アーカイブエリアを抜けるなど・・・・常に不可思議な磁場を発生させる砂嵐によって並のレーダーやナビシステムはもちろん使用不可能、絶えず形状を変化させる地形によって、空手で入り込んだ者は十中八九、砂漠で朽ち果てることになるだろう。

「この時期、アーカイブエリアの磁気嵐はだいぶ弱まってる頃だ。向こうにもACが在るんだ、電子戦に特化した奴が誘導すれば抜けられないこともないだろう。それに――」

 さらにキーパッドを操作するジグルド、地図上には新たなマーカーが浮かび上がる。

<何これ?>

「アーカイブエリア内にある旧時代の遺跡――というか廃墟だ。ここらで補給をすれば、MTでも十分抜けられる・・・・・調べてくれ」

<わかった>

 どちらも短く答えると、それぞれの作業に戻った。
 ジグルドは輸送機内で機体への装備を選ぶ。シュツルム・ティーゲルの武器は、アリーナでも使用したMG−500マシンガンとGSL/72ショットガンを。 弾薬はハードターゲット用強装弾をそれぞれに装填させる。MT相手には過剰な武器だが、ACが絡んでいるとなれば話は別だ。ただ今回はあくまで金塊の奪還が目的のため、これ以上の装備は無用だ。一応、右脚部ハードポイントにマシンガンの追加弾倉を装備させておくが、実質武器はこの2丁の銃のみ。
 後はバックユニットに装着されている、空中戦闘用フライト・ユニットの調整を残すのみだ・・・・
 一方、ウインドはオペレーター・ルームで様々な情報を調べ倒す。グローバルコーテックスが有する最高の性能を有する観測システムにアクセス、偵察衛星――通称“ヘイムダル”が記録したアーカイブエリア一帯の最新情報に検索をかける。ジグルドの言うことが正しければ、該当する項目が・・・・・有った。

「どれどれ・・・・・・」

 キーパッドを叩く音とそれぞれのオペレーターが受け持っているレイヴンへの報告、モニターから漏れ出る淡い光芒に支配された薄暗い部屋で、一人呟くアリウス。
 モニターの光芒に照らし出された彼の繊細な表情に、満足げな微笑が浮かぶのに、さして時間はかからなかった。受話器を手に取り、ジグルドへ報告する。

<ジグルド>

「見つかったか?」

 コール音で調整作業を中断すると、素早く回線を合わせる。スピーカーからはアリウスの弾んだ声が響いてくる。

<見つけた。1時間前に、衛星の一機が北北西に向かっている6機のMTを撮影していた>

「当たりだな」

<急いだ方が良い、もしかしたら既に出発しているかも知れないから>

「わかった。今から向かう」

 通信を切ると、今度はこの輸送機のコクピットに繋いだ。スピーカーから、輸送機の機長が渋い声で応じる。

<見つかったのか、レイヴン?>

「見当は着いた。このポイントまで進んだら、北北西に向かってくれ。連中の頭を抑える」

<了解。かっとばしていくぜ>

 隔壁を通じて、輸送機のエンジンが回転を上げる振動が伝わってくる。

「狩りの時間だな・・・・・」

 昔見たある映画のセリフを口にしつつ、ジグルドは再び調整作業に戻った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 数時間前までは、天空を闇色の帳で覆い隠していた夜も既に白み、空は再び太陽が支配を取り戻す直前だった。砂塵を多量に含んだ風が、かつては人々で賑わっていた都市だった場所を通り過ぎて行く・・・・・・だが廃墟を通るのは風だけではなかった。
 8体のMT――カイノス/EO6が廃墟の出口目掛けて駆け抜ける。旧型ながらも8体それぞれが連携を採り、四方を警戒しながら進むのは、まさしく訓練の行き届いたプロの為せる技だ。

<・・・・・後5kmでミラージュ領に逃げ込める、気を抜くな!>

<<了解!!>>

 指揮官機の激励に、衰えぬ気迫を持って隊員達が応じる。
この遺跡で補給を行ったので、部隊は意気軒昂そのものだった。劣化したMTのパーツ交換は言うまでも無く、僅かながらもパイロット達全員が睡眠と食事が出来たのは、何よりもプラスとなった。それに加えて、自分達の陣営まであと僅かという所まで距離を縮めたことが、大いに全員の気持ちを高揚させた。
 先頭から2番目のポジションに立つ指揮官は、僅かの間に後ろを振り返り、2体がかりで抱えられているコンテナを見遣りながら思う。
 ――もう少しでこの厄介な代物とおさらばできる。そしたらしこたま飲んでやるぞ!
 キンキンに冷えたビールが喉を通り越す感触を思い浮かべ、口元が緩む。だが前に向き直った時、その口が驚きで塞がらなくなるのに、さして時間はかからなかった。
 光の雨が降った――と、形容すれば良いだろうか?いや、あれは連射された銃弾――トレーサー(曳光弾)によるものだと悟った時には、先頭のポイントマンを務めるMTは、バラバラに撃ち抜かれている。
 そして舞い降りたのは、黒い悪夢――マットブラックとダークグレーの2パターンで迷彩塗装を施された装甲を持つACが、何も無い上空から忽然と姿を現したのだ。
 ボタン1つで、フライト・ユニットがパージされる。ACを空中で自在に機動させることが可能な代物ではあるが、地上戦ではただのデッドウェイトにしかならない事も、事実だ。
 たった今撃破したMTの上にティーゲルを着地させ、即座にFCSを対複数戦闘モードに切り替える。メインモニター内のMTが照準内に収められ、ロックオンカーソルが重なる。

<敵だ!!後退しつつ応戦――>

 数々の修羅場を潜り抜けてきた指揮官は、もっとも状況に適した指令を下そうとして――下せなかった。

「遅い」

 ジグルドの呟きは機体のコクピット内部にだけ響いたが、その呟きは死刑判決を言い渡す裁判官のソレだ。そして呟きが終わる以前に、トリガーにかかった指は引き絞られている。
 2丁の銃が吼える。
黄金のシャワーの如く薬莢を撒き散らし、銃口からは盛大なマズルフラッシュと、強装弾が吐き散らされる。ミラージュMT側はようやく銃口をこちらに向けたところだった。
 強装弾を至近距離で浴びた2機のMTは、穴だらけの機体が激しくのたうち、手足が千切れ飛んで行く。後方にいた2機がレーザーを発射したが、狙いが十分ではなかったのか、機体の横を通り過ぎて行った。だが2発目を発砲する前に、銃弾のカッターが1機を真っ二つに切り裂き、もう1機は散弾をコクピット・ブロックに受けて沈黙した。程なく残りも同様、銃弾の餌食となった。

 踏み止まってシュツルム・ティーゲルに応戦したMTは、全て撃破された。踏み止まって応戦した者は――

「・・・・あ、待てコラ!」

 硝煙が晴れると、肝心の目標をしとめ損ねていることに気付く。
 短い戦闘だったが、金塊を運んでいるウチの1機は逃げ出したようだ。だが所詮はMTだ。既に索敵範囲を広げたレーダーに、ポインターが映し出されている。早速追撃に出るジグルド。

<ひ、ヒィッ!!?>

 恐怖に駆られて逃げ出した所までは良かった。だがこのMTパイロットは運が悪かった。機動性能に特化したACと、旧型MTのスピードは歴然だ。しかも7tもの金塊を一機で運んでいるのだ。逃げ切れる訳がない。
 MTの粗悪なレーダーにすら、追跡者――シュツルム・ティーゲルのポインターが表示される。ジグルドも、追跡開始から10秒も経たない内に、有効射程内に姿を納めることが出来た。
 ショットガンは脚部ハードポイントに固定、左手をフリーにする。だがそれは精密射撃用の姿勢を愛機にとらせるための行為。MG−500マシンガンの僅かなハンドガードに左手をしっかりと添え、脇を締めさせてガッシリとマシンガン本体を固定する。
 照準内に収められた敵の背中に、ロックオンカーソルがしっかりと重なり――トリガーを絞った。
 絞られた回数は1回、放たれた銃弾は3発。
 MTのコクピット・ブロックはさしたる厚みのない背面装甲ごと、装甲された銃弾によって容易く貫かれる。言うまでも無く、パイロットは即死だ。
 本来なら着弾の衝撃と進行方向への慣性も加わって転倒するハズだったMTは、コンテナに引っかかり、立ったまま機能を停止していた。

「・・・・・俺もまだまだ甘いなぁ」

 ポツリと呟いたジグルドだが任務を完遂すべく、周囲を警戒しつつ機体をコンテナに歩み寄せる。まだACが残っているハズだ、油断は出来ない・・・・・
 メインモニターが、ちょうど昇って来る太陽を捉えた。機体が南を向いていたため、暁の優しげな光がコクピット・ブロックをゆっくりと満たす・・・・・・・
 良い気分だ。ジグルドは暁を見遣ってノンビリと思う。
出来ることなら狭苦しいコクピットから飛び出し、邪魔な耐圧服など脱ぎ捨てて、チョットした日光浴とシャレ込みたいところだ――

 ガギュンッ!!

 胸が悪くなるような異音と共に、衝撃が愛機を貫いた。メインモニターの一部はひしゃげ、スクリーンが割れる。

「!!?」

 狙撃!?――と思うよりも速く、衝撃を利用して機体を後ろに向けて跳躍。そのまま廃墟と化しているビルの谷間に逃げ込む。診断システムが突然の被弾に警報をかき鳴らし、損害報告をサブ・ウインドゥに表示する。
 ――コア腹部、第2装甲を貫通。破損したエネルギーバイパスが即座に予備へと切り替わる・・・・・何とか動けるようだ。

「くぁっ・・・・・ちくしょう!!」

 ビルの陰から先程までいた場所を窺い、忸怩たる思いで悪態をつく。
ジグルドが倒したMTは、今や上半身を断ち割られたかのように変形しきってしまっていた。恐らく、MT越しでもこちらを撃破できると判断したのだろう・・・・・アリーナの後、装甲板を強化された物に換装していなければ、MTと同様にコクピットごと貫かれてとっくにあの世行きだったはずだ・・・・・・

「レディ=ヘル、被弾角度から敵の居場所を計測してくれ!」

 シュツルム・ティーゲルに搭載されている簡易AI――レディ=ヘルに命令を下す。確かに狙撃手の存在は、戦場では恐ろしい。だが居場所さえ判れば、それ程脅威では無くなるのもまた事実だ。まずは相手の居場所を突き止めねばならない・・・・・

<・・・・・計測結果が出ました。方角は南、距離は約3km〜4km先から発射された物と思われます>

 レディ=ヘルは女性の声色だが、平たんな口調で答える。その報告にジグルドは顔をしかめた。さらに追い討ちを仕掛けるが如く、廃墟の壁を貫いて、銃弾が機体のすぐ横を通り過ぎる。慌てて場所を変えるジグルド。

「くそっ・・・・狙ってやがったな」

 冷汗を流しながらも、ジグルドの頭脳はこの状況をしっかりと分析していた。
 敵はACだ、これは間違い無い。
 クレストの情報も然りだが、MTには狙撃用に特化した機種も存在するが4km先から狙撃を行えるような性能を持たせることは不可能だ。
 次に、この展開だ。
 相手はここの地形――この大通り――廃墟の出口から先は、再び砂漠が広がっている。潜伏するには困らないはずだ・・・・・そしてこちらの場所だ。MTは囮、追撃者を絶好のキルゾーン――つまりはこの大通りにおびき寄せるための餌だ。しかも太陽を背にしているため、攻防共に有利に立てる。
 思考を繰り返しつつ、別の遮蔽物へ移動している最中、ティーゲルの足元で何かが引っかかった。

「っ!?」

 転瞬、反対側にあった廃墟が爆発。仕掛けられていた指向性爆薬が強烈な爆炎と破片を噴き出し、さらなる回避行動を採らざるをえなかった。しかし、逃げた先は開け放たれた道路。このままでは恰好の的だ!

「野郎っ!!」

 一喝すると同時に、コアに増設された特殊装置――マルチ・ディスペンサーのスイッチを叩く。即座に反応を受けた煙幕弾が機体の周囲で乱舞し、煙幕が敵の目を眩ませる。
 案の定、銃弾は煙幕を貫いて牙を埋めんとしてきた、だが食い千切られたのは頭部レーダーアンテナのみ――致命傷には至らない。

(この腕前、洞察力、ミラージュ側のレイヴン――もしかして・・・・・・)

 先程からの情報を推理していたジグルドの脳裏に、見知った顔が過ぎった。そしてそれはその人物の声によって肯定された――

<相変わらず良い腕ですね、ジグルド>

 ジグルドの疑念を断ち切る様に、専用の通信回線で聞きなれた声が――可憐な少女の声が、コクピット内に響いた。

「やっぱりお前だったか・・・・・ティレーネ!!」


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