第3話:Replacement Mercenary―後編―

「<ティ、ティレーネさんだったのか・・・・!?>

 ジグルドの声は苛立ちに震え、アリウスは驚愕に呆然として呟く・・・・・・

<さっきの攻撃は失敗でした。意外と頑丈なんですね>

 戦友が怒りと驚愕の思いを募らせるのに対しティレーネの声は無邪気であり、つい先刻戦友に死の銃弾を送り込んだとは、到底思えなかった。

<でも次は有りませんよ・・・・次は確実に殺します>

「俺にそんな物を向けるって事は、覚悟はできてるってことか。ティレーネ?」

<え・・・・ちょ、ちょっと・・・ジグ――>

<あなたを殺す覚悟ならとっくに出来ています、ジグルド・クロイツァー>

「違う――俺に殺される覚悟のことだ」

 ジグルド、ティレーネは両者共に穏やかな口調だが、双方の殺意は言外に滲み出ている。

<ティレーネさんまで・・・・止そうよ!君たち友達なんだろう!?何も殺し合うことなんか無いじゃないか!!>

 慌てて仲介に入るアリウス、だが投げつけられた言葉は霜の降りた刃の如く、凍てついた物だった。

「なにも言うなアリウス、言ったところで通じやしない。その程度で退く俺達じゃないのは判ってるはずだぞ」

<そんなっ!!>

<あなたには分からないことです・・・・そこでジグルドの死に様を眺めていなさい!>

「屍を晒すのはどっちか、ハッキリさせてやるぞ!」

 OBを起動させ、高速戦闘に入るジグルド。
 そしてOBの描く軌道を予測しつつ迎撃するティレーネ。
 スピーカーからは轟音と銃声が響いている。
 しかしアリウスの耳には何も聞こえなかった――これがレイヴンの世界なのか?敵対すれば、友すらも切り捨てる関係・・・・・レイヴンとはそういうモノなのか?
 だがアリウスの考えをよそに、依然としてスピーカーからは轟音が響いている――

「うおぉっ!?」

   銃弾をやり過ごして着地しようとした場所には、さらなる仕掛け爆弾が待ち受けていた。今度は火炎の変わりに飛び出したのは、鋭い金属片を撒き散らす破片地雷だった。
 ACの装甲には、高剛性チタニュウムと高分子素材を複合した物が使用されている。耐弾、耐爆性はモチロン、熱に対しても圧倒的な耐性を誇る。
 軽量級のACと言えど、強化された装甲によって機体自体は事なきを得たが、問題は機体各所に設置された微細なセンサーだ。センサー自体には大した耐性を加えることが出来ないため、咄嗟に破片から左腕で主光学センサーを庇った際に、一部センサーが損壊してしまった。

「俺の動きは全部お見通しってことか・・・・・!?」

 コクピット内でジグルドは毒づくが、状況はティレーネの方が圧倒的に有利だ。  恐らくティレーネはこのような状況になる事を、あらかじめ推測していたのだろう――遮蔽となる場所には、簡素な物ながら数々のトラップが仕組まれているハズ。
 それらはこちらを直接撃破することが目的ではない、こちらをジワジワといたぶり、たまらず飛び出した所を狙撃――というのが狙いだろうと推測できる。
 ましてや遮蔽が無い場所に出れば、即座に鋼鉄の死神が迎えに来るという、シンプルだが良く練られた戦術に、驚嘆の思いを禁じえなかった。
 だが何時までも驚いてばかりでは居られない、何とか対抗策を練らねば・・・・・・

<何時までコソコソしているんですか?>

 スピーカーから穏やかながらも緊張を滲ませた声が流れると同時に、遥か彼方から放たれた銃弾が廃墟を叩く。瞬間、今度は遮蔽に利用していた廃墟の壁が爆発した――

「ぐあぁぁぁ・・・・・がっ!!」

 今度は爆炎のみならず、崩壊した廃墟の瓦礫付きだ。
 巨大な塊と炎にティーゲルが薙ぎ払われ、強烈な衝撃に思わずジグルドの口から苦鳴が漏れ出る。さらには意識が遠のいて――

<トドメです!!>

 ティレーネの声が耳朶を打ち、続けてコクピット内に警報が鳴り響く。これは――ミサイル警報か!?

「っ!!」

 朦朧とした意識の中、何とか気力を振り絞り、手探りでエクステンション・スイッチを押す――即座に迎撃ミサイルが放たれ、目前まで迫りつつあったミサイル群を撃墜する。
 だが、場所が悪かった――迎撃した際に生じたインパルスにより、脆くなっていた至近の廃墟が倒壊しだしたのだ!

「ぅ・・・や、やば――」

 未だ回復し切らない意識でも、メインモニター一杯に迫ってくる瓦礫は判別できた。だが間に合わなかった――ジグルドはティーゲルごと瓦礫の波に飲まれた。一言も悲鳴をあげる暇さえなく・・・・・・・・・・・・・


 4kmの道のりをじっくりと警戒しつつ進んできたシャールカーニュの足元には、瓦礫が山を成している。
 ターゲット・マーカーが重なったソレを見遣りつつ、ティレーネの指が絡んでいるトリガーの遊びは、激発寸前まで引かれている。そしてその面持ちは、強敵との戦いに勝利して勝ち誇るでもなく、脅威から開放された安堵の物でもなかった。

<・・・・・・・・・仕事しなくちゃ>

 憂いとも取れる複雑な面持ちで沈黙を続けていたが、口調だけはすぐにいつもの調子を取り戻し、金塊が収められたコンテナの方角へと愛機を進ませるティレーネ。
 だが50mほど進んだ時に、背後の瓦礫の山が爆発的な勢いで巻き上がった。

「まだだっ!」ジグルドの喉から憤怒の咆哮が響く!!

 瓦礫に飲まれた際に損傷した各所から、火花を散らしつつも何とか再度の起動に成功した。所々装甲はひしゃげ、左脚部ハードポイントに保持していたショットガン以外の武器は失われてしまったが、装甲越しですら感じとれる闘気に陰りはみられない。

<くっ・・・・・!!>

 咄嗟にスナイパーライフルの銃口を向けようとするティレーネ。
シャールカーニュの旋回機能はカスタマイズが重ねられ、他の重量級ACに比べれば十分素早い。だがシュツルム・ティーゲル相手に50mの距離は、余りにも短すぎる!
 機体の旋回機構をフルに生かして背後に銃口を向けた時には、ティーゲルは10m離れた距離からショットガンの銃口を突き出していた。まさしく“襲い掛かる虎”の様に。
 もはや捕捉している時間は無い!FCSがロックするよりも速く、ティレーネはトリガーを引き絞った。
 同時にジグルドもトリガーを引いた。二つの銃口から同時にマズルフラッシュが噴出し――

 バギャンッ!!

 金属が潰れる音が廃墟に木霊する――
 SRF/60スナイパーライフルから放たれた銃弾は、ティーゲルの右腕を付け根から食い千切った――だがそれだけだった。
 GSL/72ショットガンから放たれた散弾は、6発それぞれが広がり間もなく、シャールカーニュのモノアイを――正確に言えばそれすらも突き破り、頭部の内側で跳ね回った。
 突然メインモニターがブラックアウト。表示されていたサイトも、ロックオンマーカーも、シュツルム・ティーゲルの姿も途切れた。慌てて補助光学センサーに切り替えようとするティレーネだったが――

<しまった、あぅっ!!――>

 ブースタを吹かしたまま、シャールカーニュにタックルを喰わすティーゲル。盛大な衝撃にティレーネの喉からは悲鳴が漏れる――だがジグルドは容赦しない。
 シャールカーニュより早く立ち上がらせると素早くショットガンの銃口を巡らし、スナイパーライフルを持ったマニュピレーターに押し付けるようにして発砲。さしたる装甲を施せないマニュピレーターは簡単に粉砕された。
 今度はもっとも装甲が厚いコア胸部へ銃口を向け、発砲、さらに発砲――

<きゃあっ、いやぁっ!!>

 スピーカーから、ティレーネの悲鳴が響き渡る。
 ACのコアは、コクピットを筆頭に重要な機関が存在するため特に入念な装甲処理が施されている。散弾2、3発程度の被弾なら、装甲をめり込ませる程度に抑えられるが、着弾の衝撃が――そして何より無防備な状態で銃弾に打ちのめされるということから、ティレーネに必要以上の恐怖心を抱かせた。
 だがジグルドは止めない。さらに銃撃を加えようとして――

「!!?」

 突如として横合いから殴りつけるかのような銃火が、ジグルド達を襲った。  直撃することは無かったが、どれも至近を際どく掠めていく。さらに銃撃は続き、周囲の砂塵を舞い上げる。

「っ何が・・・・!?」

 主光学センサーを銃弾が来た方角に向けると、そこには6機の重装甲MT=ブーバロスFと特殊逆関節MT=アローポーターが、しきりに射撃をしかけてくる。
 装備火器かFCSが粗悪なのだろう――放たれる銃砲弾のほとんどが機体を掠め去っていくが、中には破片となって装甲を叩く物もある。
 さらには砂漠の方角からも同様の部隊が現れ、執拗な十字砲火を浴びせかけて来る。このままではマズイ――いったいどこの部隊だ!?
 モノアイのズーム機能を駆使し、硝煙と砂塵が視界を支配しているが、何とかMTの装甲に施されたエンブレムを読み取ることが出来――珍しくジグルドの目が驚きに見開かれた。

「ミラージュ・・・・・だと!?」

 空色の菱形をあしらったエンブレム――間違いない、ミラージュ社の物だ。しかし解せない――
 この攻撃はミラージュに組しているティレーネの安全など、何も考えていないようだ。銃弾はシャールカーニュも掠めて行く・・・・どういうことだ?
 ジグルドが眉根を寄せると、ふっつりと攻撃が途切れた。新たな出来事に疑問を感じたが、続いてスピーカーからあまり聞きたいとは思わない、神経を逆撫でするような甲高い男の声が響いて来たではないか。

<ザ・・・ザ・・・プッ――いやぁ、そこのマヌケなレイヴン共、聞こえているかね?>

 ノイズ混じりだが、その声はしっかりとコクピット内に響き、不快さにジグルドは顔をしかめてチューナーを絞った。

「・・・・なんだお前は?」

<その声は・・・・・ミスター・グリエゴ。何故あなたが!?>

 ティレーネの声に、意外さと警戒の響きが混じる。それに彼女はこの人物を知っているようだが・・・・・・

<ふん、デューラーの小娘が・・・・まぁだ生きているとはな。クレストのレイヴンも所詮その程度ということか>

 男もティレーネを知っているようだ。口調には尊大さと傲慢さがふんだんに盛り込まれており、それを聞いたジグルドはいよいよ苦り切った顔で今度はティレーネに聞いた。

「ティレーネ、あのバカタレは誰だ?まぁ、大体予想は付くが・・・・・・」

<あの人はお父様の同僚、グリエゴ・ストイコビッチ・・・・タカ派の幹部です・・・・・何故あなたがここに居るんですか?>

 ティレーネが疑念をぶつける。グリエゴの返答は侮蔑と弱者を見下す優越感によって、より不快な口調となっている。

<フン、冥土の土産には調度良いだろう・・・・クレストがレイヴンを寄越すことは最初から予測がついていた。奴らは穏健派を気取っていやがるから、事を表沙汰にはしたくないだろう――ならば送られてくるレイヴンは、かなりの腕利きだと目星を付けるのは簡単だ・・・・
 そしてA−3ランクと言えど、もしお前が負けたりしたら、我が社は多大な損害を被る――ならばその時はどうするか!?答えは簡単ではないか!!>

「・・・・・・・保険をかけておくな」

<その通りだ・・・・無事に金塊を持ち帰ってくるならそれで良し。だが互いに疲弊し合い、こちらが撃破された場合は?その時は一方が疲弊し切っていると予想したのだ。しかしそれ以上の結果となってくれるとは・・・・
 ありがたい限りだよ。おかげで楽にお前達を始末できる。所詮レイヴンなど、“取り替えの効く存在”なのだよ!ンククククククククッ>

 ・・・・・何とも不気味な笑い声だった。これで幹部とはミラージュ社は人材不足なのだろうか?
 たった一体だけ右肩部の装甲が赤く塗装されたブーバロスが、バズーカの砲口を持ち上げるのが見えた――多分あれがグリエゴの乗っている機体だろう――遅れて周囲のMT達も、攻撃態勢を獲る。
 だがそこまでだった。


 不意に上空から航空機が猛禽を思わせる体制で舞い降り、翼から円筒形の物体をミラージュ部隊の直情でばら撒き出したではないか。
 その円筒は途中で分解し、中から大量の爆雷と破片を飛び散らせた。突如の急襲に、ミラージュ部隊は浮き足だった。
 そのチャンスを逃すほど2人は甘くない、航空機に応戦している隙を突いて反撃する。ジグルドは唯一残っているショットガンを連射しつつ、点在する廃墟を巧みに遮蔽として利用する。ティーゲルの機動力にMTの照準精度では到底捉えきれず、ミラージュMT達は成す術も無くコクピットだけを撃ち抜かれる。

<ええい、何をしている!さっさと堕とさないか・・・・・・!?>

 バズーカを振り回し、部下を叱咤するだけで、大したことをしないグリエゴの前に立ちはだかった頭部の無い、黒一色で塗装された機体――ティレーネが駆るシャールカーニュだ。

<う・・・おおおっ!!>

<・・・・・・・・・・・・>

バズーカの砲口を向けようとした刹那、ティレーネはEOスィッチを入れる。即座に射出されたEOは砲弾が撃ち出されるより速くブーバロスを自動捕捉、2条の高出力レーザーを放っている。

<ぐああああっ!>

 断末魔を残し、グリエゴのMTは爆散した。補助光学センサーから映し出される映像は、既にミラージュ側の戦力は残っていなかった・・・・しかし、あの航空機群はいったいどこの部隊だったのだろうか?
 この問題はすぐに解決された。通信コール音が、2人の耳朶を打ったのだ。

「――・・・・何者だ?」

 警戒しつつ、用心深く尋ねるジグルド。スピーカーから聞こえた声は不安げで、初老を思わせる渋い声だった。

<あ〜〜聞こえるかね?ティレーネ、ティレーネは居ないかな?>

<・・・・・・・お父様!?>

 思いもよらなかった人物の声に、ティレーネは驚きの声を上げた。途端に“お父様”と呼ばれた男は、嬉しさに声を弾ませた。

<おお、無事だったんだなティレーネ!!まったく、グリエゴの依頼を受けたという時はヒヤリとしたぞ・・・・・>

「あ〜・・・ちょっと良いか?あんたは何者なんだ?」

<おっと・・・・済まなかった。君がジグルド君だね?私はアレクサンドル・デューラー。ティレーネの父であり、ミラージュの幹部の一人だ。娘からはよく聞いているよ。
 まぁ、今回の事件だが、これはグリエゴ達タカ派が勝手に行ったことなんだ。CEOや私を含む多数の幹部は、現在企業間の抗争を望んでいない。後日正式な発表を行うが、クレストにしっかりと詫びを入れるつもりだ・・・・ 君達は決して使い捨ての傭兵ではない。必要が無ければ、争うことなどどこにも無いんだ。ここは銃を収めてくれないかね?>

「・・・・・金塊は当然俺が貰っていくぞ」

<構わんよ、こちらとしては金塊が無事に戻ってくれればそれで良い。それに、その方が君にとって都合が良いだろう?>

「・・・・・そこまで言うなら、俺に異存は無い」

 もはやティレーネとの勝負は、どうでも良くなってしまった感じがするのは否めない。だがこれ以上の戦闘はやはり無意味であり、無用な殺しを好む程、ジグルドは飢えている訳ではない。無論、それだけでは無いのだが・・・・・

<話が分かるレイヴンで良かった。機会があったら家に来ないかね?歓迎するよ――っと、しまった。これからCEOに報告しなければいけなかった・・・・・とりあえず、私は失礼するよ>

 通信が途絶すると、今度はレイヴン達にとって馴染み深い、AC用スリング・ヘリのローター音が聞こえた。

<ジグルド、ティレーネさん、無事かい!?>

 今度は切羽詰まった口調で、アリウスの声がスピーカーから響いてきた。

<2人とも無事です。あの・・・・アリウスさん、先程はスイマセンでした>

 丁寧にティレーネが謝る。
 その口調から本当に後悔している様子らしく、穏やかな口調にも僅かな陰りが感じられた。

<ああ、結局無事だったから良いですよ!ジグルドも本当は殺し合おうなんて、思っていなかったんだろう?>

「・・・・・ああ、殺す気はなかった。あれは演技さ」

 今までのこと等、忘れたかのようなノンビリとした口調で答えるジグルド。それを聞いたアリウスは、先程のアレクサンドルのように弾ませる。

<良かった!それじゃあ二人とも帰ろう、こんな砂だらけの所に何時までも居たくはないしね。ああ、迎えは用意しといたから>
 主光学センサーを南へ向けると、朝日を照り返してスリング・ヘリがこちらに接近してくるところだ。胴体部には、グローバルコーテックスのエンブレムが描かれている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 固定用ジョイントにACを固定させ、ヘリは少し高くなっている朝日の前を過ぎった。

<ジグルド・・・・・?>

 不意にティレーネから通信が入った。だがジグルドは目を閉じ、まるで通信が来ることを分かっていたかのように、回線をシャールカーニュだけに繋いだ。

「・・・・どうした?」

<・・・・・・うそつき>

 それっきり回線が切れた――恐らく、ティレーネはさっきの殺し合うことを言っているのだろう。
 ・・・・確かにジグルド嘘をついていた。
 もしかしたらティレーネも嘘をついているかもしれない。だが結局殺さずに済んだことを、ジグルドは素直に(表現こそしていないが)喜んでいた。

(俺達は使い捨てじゃ無い。殺す相手、憎む相手――愛する相手を選べるんだ・・・・無論、それを貫くのも自分だがな)・・・・・・だが思いは口にせず、腹の中に収めておく事にした。

 主光学センサーが映し出した朝日を見遣りつつ、ジグルドは別の方法で、どうやってティレーネに機嫌を治してもらおうか?と、思案を重ねた。


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