EPISODE1:交差する運命

 バリケード代わりに使っている巨大な倒木を、破片と共に銃弾が擦去していく。

「ダメだ!俺達はもう終わりなんだ、畜生!!」

 傍らにいる支給されたばかりのAC――通称、初期機体に乗っているレイヴン候補生(名前は忘れた)の悲鳴が、スピーカーから響いてくる――いい加減黙れ!
 僚機への憤りと共に、すぐそばの木立から飛び出してきたMTを、左腕のレーザーブレードで振るって胴を両断する。だが不運なことに、いや、俺ではなく傍らで奇襲に悲鳴を挙げたボケナスに、叩き切った上半身がスプラッタ・ムービーさながらに降りかかった。

「ヒィッ…!!クソックソッ、もう嫌だっ!俺は帰る!」

「おい、そっちは――」

 俺の警告は、奴には届かなかった。
恐慌状態に陥って倒木のバリケードを出た途端、設置されていた大口径榴弾砲=グラウルGのデカイ砲声と共に放たれた榴弾が、コアを直撃した。目の前で、映画のスローモーションのように、火炎を伴って機体が爆裂四散した……
 だがスローになっていたのは気のせいだった。破片が機体を叩いた時には、俺はかつて誰かに教わった通り、倒木の横から最小限の部位だけを出し、自機のライフルを連射する。装薬が連続で炸裂する感触が、俺を本来の感覚に呼び戻したようだ。
 視界は霧と黒煙、それに俺達を飲み込もうとしているかのように周囲を覆っている木立ばかりだったが、支給されたライフルの有効射程ギリギリの場所で、黒煙と共に炎が舞い上がった。放った銃弾は、俺の期待に応じたようだ。
 砲台がやられたのに怯んだのか、俺に対する攻撃が、ふっつりと途切れる――チャンス!恐らく敵が居るであろう場所に、適当に発砲しつつ、バリケードから移動する。もはやこれ以上ここに留まることは、この情けない機体を棺桶代わりにして、イエスさまの元へと旅立つことを意味する。
 後退しつつ、先程まで僚機が所持していたライフルが、モニター端に映る。あたかも哀れな主の墓標のように、銃身を泥濘に突っ込んだ状態で・・・・だが死人には墓標以外に意味はなさなくとも、今の俺には何より必要な物だ。
 左のマニュピレータを操作して、ライフルを掴み取ると、素早く機体を翻して木立の濃い部分へ飛び込ませた――言い忘れていた・・・・
 俺はジグルド・クロイツァー。運悪くこの肥溜めに叩き込まれてしまった、レイヴン候補生だ――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

   事の発端はこうだ。
 レイヴン試験の最終審査は、実戦で評価される。今回の作戦は、ジャングルに拠点を持つテロ組織の首魁を始末すること。グローバルコーテックス各支部合同で候補生を投入して、物量で押し切るはずだった。が、テロリスト側の戦力は予想以上に強力であり、候補生を乗せた輸送機は対空砲火の前に、半数が撃墜された。だが撃ち落された方がまだ幸せだったはずだ。このジャングルで生き残っているのは、俺だけかもしれない・・・・
 そして俺は今、夜の帳が取り払われようとされる時間に、ジメジメとしたジャングルの中でクリーニング用のでかいブラシを銃口に突っ込んで泥を掻き出している。
 こういう時は何か一発シャレをかますべきだが、今の俺には持ち合わせが無い。敵の戦力は未知数。こっちの戦力も未知数だが、敵より低いのは明白だ。おまけに味方が居ても、どこに居るかまでは見当がつかない。無線を使うにしても、周波数がわからない。周波数を変えて呼びかける手もあるが、そんなことをすれば敵を呼び寄せてブチ殺されるのがオチだ。この状況を形容する言葉は一つ――「クソ」だ。

   ピピッ!

   電子音が鳴り響く。ブラシをライフルのコンポーネントにしまい、清掃を切り上げる。
膝を突かせ、手頃な葉っぱや蔓をかき集めて作った即席のカモフラージュネットを覆い被せたACのコクピットに飛び込んだ。 警戒センサーと起動用の電力を確保していて良かった。レーダーウインド上に、青い光点が二つ。それぞれの距離はかなり空けているが、ゆっくりとこちらに向かって来ている・・・・・・・・味方か?確かに友軍反応が出ているが、敵がこっちの敵味方識別反応を真似ている可能性も十分考えられるが・・・・・こういう読み合いはどうも苦手だ・・・・仕方無い。
 光点の進路を予測し、待ち伏せを仕掛けることにした。出力を最小限に抑えつつも、くっきりと地面に足跡を残して、俺は機体を茂みの中へ後退させる――

「・・・・・・・・・・・来たな」

 身を潜めて3分程か?樹木を掻き分けて、まったく俺と同じ機体が現れた。そいつは明らかに俺が残した地面の足跡を、辿っているようだ。もう片方の反応は距離があるので、カチ合うのに少し時間がかかる。
 そいつは足跡が続く茂みへと移動を開始していくが、あまり周囲の警戒をしていないようだ。これならこのノロ臭い機体でも、十分押さえ込めるだろう。俺の予想通り、そいつは俺が隠れている茂みへと近づいてきた・・・・仕掛ける!

「動くんじゃない」

 茂みに潜ませていた機体を立ち上がらせると同時に、ライフルの銃口を向ける――俺の機体は今、目前の機体の左側に立ち、コアへと狙いをつけている。恐らく目前の機体の搭乗者は、歯噛みをして悔しがっているか、突然の事態に呆然としているだろう。
 何故奴の死角を捕れたのか?簡単なことだ。
一部の野生動物は捕食動物から自が作った足跡を辿られないよう、作り出した足跡に合わせて後退し、数歩退った位置から左右いずれかの後方に向けて跳躍することで、追跡の目を欺く習性があるらしい・・・・・・それを真似ただけだ。
 ACと言えど所詮は支給品、センサー感度や情報処理能力の低さと、パイロットの経験不足を狙った行動だが、十分効果は有った。

「今、お前のコアを狙ってる・・・所属と、ナンバーを名乗れ」

 通信ケーブルを打ち込み、直接回線を開いての会話だ。ケーブルが切れない限り、回線が切断する心配は無い。ゆっくりと機体のフットペダルを操作して、茂みから機体を歩ませて相手の後ろへ回り込み、会話を試みる。

「とりあえず、武装を解除してもらおうか。さもなきゃ殺す」

<・・・・・・・・・・・・・>

 そいつはゆっくりと機体の両手を持ち上げさせると、銃口を無害な上空に向けた。右バックユニットに装備されていた小型ミサイル・ポッドがパージされる。続いてマニュピレータが掴んでいたライフルは、そのまま地面には落とされず、手首のスナップを効かせて遠くに投げられた。
 ライフルが弧を描いて、茂みの中に消えるのを目で追う――同時に何かが俺の頭の中で、喚き散らしている・・・・畜生!ライフルに気を取られ過ぎていた。
 茂みから目の前の機体に目を戻すと、奴の左腕も弧を描いている――その先端にはレーザーブレードの輝き!

「っ!?」

 咄嗟に機体を屈ませなければ、俺はブレードによって、コアごと両断されていただろう。代わりに犠牲となったレーダーマストの上半分が、泥濘に落下した音を聞きつけた時には、反射神経を低い姿勢からライフルを発砲させている。敵味方識別反応の解除をすることももどかしく、目見当でトリガーを引く!
 だがライフルが放った銃弾は、ACで最も堅牢なコア胸部装甲に着弾。弾かれた!さらに第2射を放ったが、その時には相手が俺の機体の腕を掴み上げ、銃口を虚空に逸らしている。俺も全力で押し返す!――こいつは今、自由になった右腕で俺のライフルを押さえ込んでいる。ならブレードを持った左腕がなどうなっているか?考えるまでも無い!

「こぉのっ!」

 叱咤の声と共に俺もブレードを起動させ、コアの右脇腹を貫こうとしていた敵のブレードを迎撃する。レーザーとレーザーが交差し、火花を散らす。だがこれで終わらせん!スロットルを上げてブースタを作動、機体を強烈に相手へぶつける。
 激突の衝撃に、たまらず相手はたたらを踏んで後退るが、もはや俺はこいつを殺すことしか頭にない。FCSを半自動に切り替え、トリガーを引き続ける。鋼鉄の死神が大気を裂き、標的へ飛翔する――
確かに銃弾が敵手のコアへ喰らいついた・・・・装甲の一部のみを。一瞬早く奴は右足を軸に機体をスピンさせて致命傷を避けている。
 装甲の欠片を散らし、絶対不利の状態から素早く体制を立て直すと、またもレーザーブレードで薙ぎ払ってくる。左側面から迫る光刃を、機体をスウェーさせてやり過ごす。だがブレードが振り切る直前にベクトルを変え、こんどはさらに間合いを詰めて、逆方向から再度牙を剥く。
 これ程の腕を持つ奴が紛れ込んでいたとは!
 戦慄が走る。ライフルの銃身を相手の肘間接に噛ませ、動きを阻害する。だが相手の右腕は、俺の左腕を押さえ込んでいる。ご丁寧にブレード本体を押さえ込んでいるため、レーザーブレードは奴に届かない。
 俺の機体も相手の機体も、僅かな損傷の差は有ると言え、同じ性能を持っている。力比べはまったくの互角だ。

「く・・・・・!」

 さっきと同様――否、今は左右両方のグリップが凄まじい力で押し込まれて来る。当然俺も押し返す。だがこの状態を下手に抜ければ、照準内に相手を納める前に、俺の身体はコアと共に金属の気体と化すだろう。
 どうする?
 どうやって切り抜ける?
 どこだ?
 どこに力を集中させている?
 どこを狙う?
 ――どうやって殺す?
 瞬く間に、俺の脳内で思考が乱舞する。
同時に何かが・・・・暗く、氷の様に冷たい何かが、俺の内で広がって行く。そして俺の口元が、弧を描くのが感じられた――進んではいけない、だがそれを止めることは出来ない――だがこの何かは、内部機構が上げる軋み以上に大きな音に中断を余儀なくされた、耳障りな・・・・・警報?それは最早聞き慣れた、自機が捕捉されたことを告げる警報だ。
 組み付いていた機体から、反射的に一歩離れた。今俺が居た場所を小型ミサイルが過ぎ去る。咄嗟に迎撃機銃を作動させて際どく撃ち落すが、さらに火線が迸り、回避行動を余儀なくされる!

「!?」

 咄嗟の出来事に機体のバランスを回復させつつも、俺はミサイルが来た方向にブレードを打ち振るった。一方で、先程まで組み付いた機体にはライフルを突きつける。左グリップに、金属と金属がぶつかり合った感触が響き渡る――
 正面メイン・モニターには、レーザーブレードの射出口が大映しになっている。そっと視線だけを左に逸らす。押さえ込まれた自機の左腕を潜るようにして、コア脇腹へとライフルの銃身が伸びているのが見える。
 先程まで組み付いていた機体には俺のライフルが突きつけられ、割り込んできた機体には、組み付いていた奴が迎撃機銃の銃口を向けて牽制している。
 俺にはブレードとライフル、組み付いていた奴には俺のライフルと割り込んで来た奴のブレード、割り込んで来た奴には俺のブレードと、もう一方の機体の迎撃機銃がそれぞれを牽制するという、ややこしい状況となっている。

「・・・・面倒なことになったな」

 俺の口から、思わず溜息が漏れる・・・・無論、視線はそれぞれの凶器から外さない。

<・・・・・強いなぁ。ここまで来た甲斐が有ったよ。君らとなら退屈しないで済みそうだ>

 脳天気な声が、スピーカーから流れる――どうやらコイツが、俺と殺り合った機体の奴らしい・・・・

<あら・・・・あなた達はこの状況を理解できていますか?私は商売仇を作りたくありません>

 もう一人は女性――否、少女と言った方が良いか?鈴を振ったような美しい声が流れる。説明するまでも無いが、こいつは割り込んで来た奴だ。

「・・・・だが、俺達全員が生き残れるかも疑問だな。見ろよ」

 できればこいつらを始末しておきたいが、状況はそうも行かないようだ。俺が主光学センサーを木立の向こうにズームさせると、明滅する光点がいくつも見える・・・・・それは、俺達をしっかりと取り囲んでいるようだ。

「ちょっと遊びが過ぎたみたいだ・・・・確かレイヴンになるには、この任務を生き残らなきゃならないんじゃなかったか?」

<・・・・やだ、私ったら。うっかりしていました>

 決まり悪げな声が流れる。少々抜けたところがあるようだが、頭は悪くない・・・・・腕も良いようだ。

「で・・・お前はどうするんだ?このままだと俺達とあいつら、両方敵に回すことになるぞ」

「・・・・・う〜ん、しょうがない。ここは君らに強力するよ。まとめてやっつけるのもおもしろそうだけど、楽しみはとっておくほうがいい」

 ・・・・こいつは大概な奴だ。まぁ、俺が人の事を言えるクチじゃないのも確かだが、この際贅沢は言ってられない。

「役者は揃ったな・・・・・お前ら名前は?」

<ティレーネです>

<ウインドだ>

「オーケィ、派手に行くぞ!!」

 その言葉を合図に、俺達の凶器は新たな獲物に翻され、皆殺しの雄叫びを上げる――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ドシャァッ!!

 飛沫を上げて、スクラップと化したMTが地面に打ちつけられる。

「はぁ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・」

 呼吸を整える暇もない。ライフルの銃弾は既に撃ち尽くした・・・・
 後部への警告が表示された時には、既に反射神経のみを頼りに、レーザーブレードを振るい、MTの上半身を両断している。もはや機体各部に損傷警告が常に表示され、そう長く持ちこたえられないことを示している。

<これで・・・・フィニッシュ!!>

 可憐な声に濃厚な苛立ちと疲労の気配をにじませつつも、敵に正確な射撃を加えるティレーネの姿がモニター端に映る。

<ぃよっほっ!!>

 いささか迫力に欠ける気合とともに、ウインドはレーザーブレードを巧みに打ち振るい、敵を切り伏せていく。傍から見てもこいつらの機体が負っているダメージは決して小さくない。装甲の所々には亀裂が走り、砕け、オイルが漏れ出ている。

「もう、居ないみたいだ・・・・・・な」

 残された各種センサーで周囲を索敵しつつ、俺自身望んで止まないことを口にする。周囲の緑は多量のスクラップと爆発した際に引火し、ジャングルの一部をすっかり変貌させていた。

<・・・・楽しかったけど・・・・・・・・疲れたよ>

<私も・・・・帰ったらお風呂に入って、美味しい物を食べたいです・・・・・えっ?>

 緊張が緩んだ一瞬のち、ティレーネの口からは、驚きの声が漏れ出る。

「どうした!?」

 増援か!?これ以上の戦闘は厳し過ぎる・・・・だが次の言葉が、さらに俺達を窮地に追い込む――

<この反応は・・・・AC!?>

 ティレーネの喉から、驚愕の声が響く。あいつの機体のレーダーは健在で、俺やウインドの機体より、索敵範囲は広い。そして俺の思考を断ち切るか如く、連続した銃火に目前の木立が、粗末な書き割りのように切り裂かれる。現れたのは一機のAC――

「こいつ・・・・指揮官機か!?」

 現れたのは俺達と同じ初期機体だ。ただし、それは脚部、コア、頭部だけだ。左右の異形な腕部は明らかに純正のACパーツではないことが判る。

<これ、違法改造パーツだね・・・・>

ウインドが一言漏らす。その口調に、今までの脳天気な気配は感じられない。
 違法改造パーツ――聞き覚えがある。どの企業のカタログにも載っていない、様々なパーツを取り入れて製造された物・・・・確か法案がレイヤード以前の時代から設立されており、使用が発覚した場合厳罰に処されるはずだ。だが犯罪組織やフリーランス・レイヴン等、グローバルコーテックスや企業の保障を得られない存在からは、根強く使用され続けている。
 この機体の右腕には、元は重機の物とおぼしきアームに、3本の禍々しいアイアンクローを取り付けた代物だ。もう一方の腕には、連装された2門の小型ガトリングガンが取り付けられている。いずれもTVのパーツ宣伝で見かけたことが無い。また、よく見るとコアや脚部にはガードバーや装甲板が無造作に打ちつけられている。明らかにその場に合わせた改造方法の数々・・・・・

「チィっ・・・・面倒な奴に会ったな」

 思わず悪態が口をつく。大抵こういった輩は、独自の戦術を用意しているツワモノと相場が決まってるモノだ。いい加減ウンザリだが――ここで引く訳には行かない。
 ネガティヴな思考を捻じり伏せ、俺の腕はスロットルを押し込み、足はフットペダルを思い切り踏み込む。
 機体が敵に向けて突進する。少し遅れてウインド機が後に続くのが、後部警戒モニターに映る。敵は真っ向から俺達に向かうようなことはせず、銃弾をばら撒きながら位置を変える。数発が自機の装甲を叩くが、構わず無視した。
 敵は様々な改造が施されているといえ、あれだけの武装では俺達の機体より重く、機動力を損ねているはずだ。その読みは程なく的を射、素早く敵へと肉薄することが出来た。

「喰らえよ・・・・!」

 低い呟きと共に、レーザーブレードで薙ぎ払う。光刃が、敵の装甲に食い込む。だが・・・・厚い!装甲が厚く、頑丈で一撃では両断できない。それ以前に初期型のブレードでは出力が弱すぎる。敵は斬撃に構わず巨大なアームで左腕をガッチリと掴み、凄まじいパワーで振り回した。そのまま俺の機体は鈍器代わりにウインド機ごと殴り倒された。

「う・・・うおっ!?」

 俺の機体は地面に叩きつけられ、衝撃と過剰ストレスに耐え切れなくなった左肘関節が内部の配線やパイプの一部ごともげた。診断システムが、重大な損傷を受けた警報を響かせる。なんとか機体を直立させようとするが、様々なデータの遣り取りに搭載CPUが対処しきれず、残った腕と脚を虚しくもがかせるだけだ。

<わあっ!!>

 再度の斬撃を試みたウインド機が、悲鳴を曳いて転倒する・・・・起動不能とまでは行かないが、相当やり込められたようだ。アイツも直ぐには立ち上がれないでいる。
 敵はトドメとばかりに、ガトリングガンの銃身を回転させるのが映った――これまでか!?だが一発のミサイルが敵の右肩に命中、さらに横殴りの銃撃が襲い、敵の注意を逸らす。

<早く立ち上がってください、私だけじゃ押さえ切れません!・・・・くっ!!>

 標的をティレーネ機に変え、ライフルとは比べ物にならない火力を持つガトリングガンは、獲物を喰らい損ねた獣のように凶暴な唸りを上げ、ティレーネ機に鋼鉄の驟雨を浴びせる。

「・・・・もうチョット付き合ってもらうぞ!」

 ヘバるには、まだ早いな・・・・・
 機体に語りかけつつ、左腕のエネルギー供給をカット、続いてバランサーを回復させる。ジェネレーターは回転数を上げ、主光学センサーが燐光を放つ!間接を軋ませながらも、何とか俺の機体は直立に成功した。
 さぁ、リターンマッチだ・・・・・!
 と言っても俺の機体に武器は無い。ライフルは弾を撃ち尽くしてとうに手放している。ミサイルも同様、レーザーブレードを装備した腕は脱落し、雨に打たれ半ば泥濘に沈み込んでいる。

「どうすれば良い?」

 苛立ちを込めて、一人呟く。
 何か無いか?武器になるものなら何でも良い、とにかく武器だ・・・・!まだ生きているセンサーを駆使し、手早く周囲の残骸をスキャンさせる。この間にも、銃声と金属が激しくぶつかり合う音が、音響センサーを介してスピーカーから響いてくる・・・・・畜生!!

<よぅ・・・・戦わないなら、退いててもらえるかい?>

 別の回線で、ウインドが語りかけてきた。いつの間にか奴も機体を立ち上がらせたようだ。俺の横に機体を並べると、右手に握られた物体を押し付けてきた。

「!?・・・・こいつは・・・・・・」

 AC用のライフルだ。当然初期装備の物だが、今の俺には何よりも必要な物だ。

「君がウダウダしてる間に拾ってきた。しょうもないコト考えるより・・・・“本当の君”は戦うハズだ」

「・・・・・・・!」

 よくわからない・・・・・この感覚を、どう言い現せば良いのか?だが今は目の前の野郎が言った通りだ。考える時じゃあない・・・・・・今は殺す時だ――

「・・・・・・」

  無言のままライフルを掴む。
 グリップとマニュピレーターに取り付けられた端子が接続、機体のFCSとライフルのCPUが即座にリンク。銃器の状態、弾道誤差設定、残弾状況を即座にFCSが読み取る。残り16発――奴を倒すには足りない、だがそれは普通に撃った場合だ。何故か、これまでにも――いや、俺がACに乗ったのは今回が初めてだが――以前から、俺は銃器の正しい使い方より、悪い使い方が得意だった気がしてならない。思わず苦笑する。

「前から行け。こいつを喰わすには、後ろからやらんと」

<はいよ、そろそろアイツの相手をするのも飽きてきた>

 奴が言葉を言い終えたと同時に、スロットルを目一杯押し込む。コア背面のハッチが開き、高速機動用の大出力内装ブースタ――オーバードブーストが咆哮する!

「おおおっ!」

 耐圧服でも殺しきれず伝わってくる加速Gにうめきが漏れる、今しも鋼鉄の爪でティレーネ機を刺し貫かんとする敵手に向けて発砲。FCSによる自動照準を切り、ただトリガーを引く。当然、反動の修正がされていないので、弾着はバラバラだが敵の気を逸らすには十分だった。
 ガトリングガンの銃口がこっちを向くと同時に、スロットルを右に倒す――OBの加速を緩めずに機体は右に倒れ、弧を描くような軌道を描く。銃弾が俺の後を追尾してくるのが感じられた。だがこれで良い、俺は囮だからな。

<しゃあぁぁぁっ!!>

 自機の陰に隠れる形で着いて来たウインド機が、毒蛇の如く奇声を上げてレーザーブレードを繰り出す。光刃の閃きが疾走ったのは二度――切り落とされたのは猛然と焔を吐き散らしていたガトリングガンの銃身その物だ。更に追撃を加えるべくブレードを装着した腕を引き戻したウインド機だが、敵のアームに頭部をむしり取られる。アームが翻り、殴り倒されるウインド機――それも狙いだ。
 後方に回り込めた俺の機体は、敵と背中合わせの状態となっている。まだ敵の背を捕らえている訳じゃない。ここから回っても、初期機体の旋回精度ではせいぜい敵の背中を、視界の端に納めることが出来る程度だ。だがこれも機体の使い方次第だ。
 OBで描いた軌道で生じた遠心力はまだ生きている。即座に脚部固定用フレキシブル・スパイクを打ち込み、軸足を中心に機体をさらに旋回させる。スパイクで弱められた慣性で、ほぼ敵の真後ろを照準内に納めることが出来た。過度のストレスに晒された左脚内部機構に診断プログラムが警告灯を赤々と表示する。だが気にしていられない!

「ぬぅんっ!」

 唸りと共に踏み込みつつ、ライフルを突き出させる。この距離から撃っても外すことはない、何しろ銃口との距離は5メートルと離れていない。だがまだだ。
 と言うより、撃つ気はさらさら無い。敵背面のブースタが取り付けられている箇所に、槍のように銃身をフレームが出せるパワーの限り突き刺してやる。内部機構と銃身がひしゃげる感触が伝わり、火花を散らして銃が敵の背に半ばまで刺さる。
 これにはたまらず敵はたたらを踏んで止まり、操作不能になったのかガックリと膝を突いた。そしてトドメだ――

<落ちなさい!>

 事前に打ち合わせた訳じゃない。だが絶好のタイミングで、敵の斜め後ろに回りこんでいたティレーネはミサイルを放った。推進煙の尾を曳いて、ミサイルは真っ直ぐに敵の背に――いや、突き刺さったライフルの弾倉目掛けて飛翔――炸裂!
 弾倉内の残弾が誘爆したんだろう、普通より爆発がデカかった。当然、及ぼした被害も。敵の背は爆発で完全に吹っ飛んでいる。あのダメージじゃあ機体を動かすことは出来ないだろう。パイロットも死んだハズだ・・・・・・
 俺達の勝ちか?いや・・・・正確には生き残った、と言うべきなんだろう。傭兵としての第一歩にしては上出来だろ・・・・・
モニターに目を遣ると、ティレーネ機の手を借りてウインド機が立ち上がろうとしていた。大部分のセンサーを搭載している頭部を失っても、コアに補助光学センサーが積まれているから、視界が遮られることは無い。俺の機体もボロボロだ・・・・それでも、このクソみたいな所から生きて帰れるだけでもツイテると言えるだろ・・・・・いつの間にか雨も止んで、再び霧が――

「?」

 気のせいか・・・・?目の前が、揺らいだように見えた・・・・・違う!気のせいなんかじゃない!!目の前の揺らぎは、周囲の景色を微かに歪ませながらも確かに在る!
 そしてソレはゆっくりと、染み出るかのように姿を現した――

「なんだ・・・・・コイツは?」

 俺の意志と無関係に、勝手に口から呟きが漏れる・・・・・ソレの正体は、完全に姿を現した一機のACだ。今や完全に姿を現したため、ティレーネとウインドにも存在を確認できるみたいだ。

<新手・・・・かな?>

 半信半疑でウインドが答える。敵味方識別反応にはどれも反応しない。

<でも、敵なら私達はもう殺られているハズですよ・・・・・それに、所属はグローバルコーテックスみたいですし>

   確かにティレーネの言う通りだ。謎のACの左肩には、グローバルコーテックスのエンブレムが描かれている。よく見てみると、そのACは細身だが力強いシルエットを有し、光沢が一切無いダークグリーンで塗装された装甲に鎧われている。間近に隠れていたのに、俺達に気捕らせないステルス性能・・・・・いったい――

<標的捕捉レーザー探知>

 粗悪な簡易AIが発する合成音声の警告に、背筋に冷たい物が流れる。
 ACは右腕に取り付けられた、見たことがない武器――だろうか?が獲物を見つけた蛇の如く無造作に掲げられたのが映った――殺られる!
 視界いっぱいに銃火が閃く!危機に晒された身体は俺の意志をまったく無視し、彫像にでもなったかのように硬直する!!だが・・・・

「・・・・・うん?」

 何かが爆発する音が、後ろから轟く。
目をきつく閉じ、来るべき死を迎えようと思っていたが、どうやら俺は生きてるようだ。恐る恐る目を開けると、そこには硝煙を上げている謎の武器を掲げた正体不明機が立っていた・・・・・

<こいつ、まだ動けたのか!?>

 ウインドの喉から、驚愕の声が漏れる。俺に食らいつくとばかり思っていた銃弾は、背後から俺達を襲おうとしていた敵ACを、木っ端微塵に撃破していた。

<・・・・・・・>

 主光学センサーを正体不明機に戻す。依然、この機体からは何も反応は無い。沈黙により周囲を圧しているかのようだ・・・・・だが、敵意はまったく感じられない。むしろ清々しいとさえ言える存在感を漂わせている。ACという無機物の存在にも関わらず・・・・・

「ありがとうございました。代表して礼を言わせてもらいます」

 思い切って、礼を言ってみる。各ACごとに固有の通信回線が存在するのだが、相手のが判らないので全周波で感謝を述べておく。

<・・・・・・・・・・>

 相変わらず、そのACは沈黙を持って応じたが、今度は行動付きだ。そのACは俺達に背を向けると、背中越しに南西の方角を指差したのだ。
 同時に俺の機体が、メールを受け取ったことを報せる。サブ・ウインド上にそれを表示させる・・・・・送信者欄に名前はない。
 タイトルには「無事に生き残った上で閲覧を」とある――何だこれは?

「これはいったい何なんで――・・・・・?」

 俺は全て語り切れなかった。メインモニターに目を戻した時には、そこには何も映されていなかった。まるでそのACが幻だったかのように――

<・・・・何なんだ、あの機体?>

 ウインドが呆然と呟く。それは俺が聞きたいよ・・・・・・だがそんな疑念を巡らせるより、ティレーネの警告が俺を反応させた。

<・・・・マズイわ!>

「どうした?」

<通信を傍受しました、グローバルコーテックスがジャングル一帯を爆撃するつもりです。離脱しましょう!>

 だが逃げ場は無さそうだ。ここまで来て・・・・・暗い闇が俺の心を蝕もうと手を広げる・・・・・このまま生き残ることは出来ないのか?

  <えぇと・・・・・南西に向かいましょう。あのACが示した方角に>

 ティレーネが提案する。あの方角に何があるかサッパリ見当がつかないが、ここで吹っ飛ばされるよりは良いだろう。

<まぁ、何とかなるだろうね>

「・・・・・・それしかなさそうだな>

 もしかしたら、あれは別の何かを示していたかも知れない。だが今は、あのACが爆撃のことを教えてくれていたのなら、これに賭けるしかないな・・・・・それにしてもこいつら、普通ならこのまま躊躇しつづけて爆撃の餌食になるはずだが、こいつらはチョット違うようだ・・・・・こいつらとは、いつかケリを着けなきゃならないだろう。何故か、そんな気がする・・・・・

<私が先に立ちます。あなた達の機体より、索敵性能は高いはずですから>

 そう言うとさっさと木立を掻き分けて機体を進めるティレーネ・・・・・俺も急がんと。と言ってもさっきの戦闘で左脚の機構にガタが来ているため、バランスを取るのに苦労しながらもブースタを吹かし、ウインドの後に続いた。

<・・・・・・・・・・・まぁ!>

<・・・・・・・おお〜!>

「・・・・・ヘリだ」

 ウインド達からは歓声が、俺からは何のヒネリもない感想が口をついた。
しばらく木立を掻き分けて進むと、俺達の前に現れたのは偽装が施されたAC用スリング・ヘリだった。近づくと、パイロットから通信が入った。

<あんたら、候補生の生き残りだな!?さっさと乗り込んでくれ、そろそろ始まるそ!>

 いそいそとハンガーに機体を進める。固定用のハンガーはこっちから操作できるので、すんなりと作業は終了した。後は上で固定箇所が外れないことを願うばかりだ。

「・・・・・固定した」

<こっちもだよ>

<OK、出してください!>

 ティレーネが合図を送ると、既にローターを回転させていたスリング・ヘリはふわりと上昇し、暁の空を飛翔する。・・・・・俺は、上手く生き残れたようだ。
背後の朝焼けをモニターに映しつつ、ボンヤリと思う。一時は本当にヤバかったが・・・・・・そう言えば、あのメールは何だったんだ?
 サブ・ウインドゥに、あのACから貰ったメールを呼び出す。もう安全と言えるから、読んでも大丈夫だろう。

『やぁ、ジグルド。君がこのメッセージを受け取ったということは、作戦は成功し、僕の友人と出会ったということだろう。まったく、彼を送り込むのに苦労したよ・・・・・
とまぁ、そんなことはどうでも良いから、手短に伝えよう。一週間後に、君は正式にレイヴンとして登録されることになる。その時に、君から預かっていた“物”を返そうと思う。郵送されたIDカードが身分証代わりになるんで、それを持ってグローバルコーテックス本部のAC格納庫に来て欲しい。担当の人間を待たせているから、後はその人に従ってくれ。
 それではこれにて』

 ・・・・・・・・・・???

 なんだこれ?俺の名前を知っている?俺が預けた“物”だと?俺は誰かに物を預けた覚えはないんだが・・・・・・さっぱり分からない――
 そんな疑念とは無関係に、スリング・ヘリはジャングルを後にした。轟音と紅蓮の炎に追い立てられるかのように・・・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一週間たった。
 あらかじめ“初任務を生き残ればレイヴンとして採用される”と規定されていたので、俺がレイヴンとなることは分かっていた。まぁ、この一週間は簡単な手続きと、相棒探しにつぎ込んだ。
 オペレーターは、既に決まっていた。孤児院以来の付き合いがあるアリウス・ロウに頼んだ。あいつは本来、弁護士だがそうしょっちゅう仕事がある訳じゃないらしいので、快く引き受けてくれた。ここ一週間、彼は研修に行っている・・・・ありがたいことだ。
 モノレールが目的地に停まる。冷房が利いた車両から降りると、標識に従って歩を進めた。ここは首都“エターナル・シティ”内で最も広大な敷地を持つ“グローバルコーテックス本部”だ。その本部内に設けられたセクションの1つ、AC格納庫に俺はやって来た。想像していた通り、金属が打ち合わさる音、メンテ用の機器が発する唸り、オイルや装甲に使われる特殊な塗料の臭い等でいっぱいだった。ただ違ったのは、格納庫の広さの割に、ハンガーに駐機されているACの数が妙に少ないことだ。ざっと見ても半数以上のハンガーは空になっている。
 まぁ、“エターナル・シティ”の周辺ではどんな理由であれ、あらゆる戦闘行為が取れないという事も噛んでいるんだろう。とりあえず周囲を見渡す。さて、一体誰に話をすれば良いのやら・・・・

「ちょっと、良いかしら?」

 後ろから声がかかる。ゆっくり振り返ると、肩の辺りで切り揃えた鳶色の髪に、真面目そうな顔付きのスーツに身を包んだ年上の女性が立っていた。

「あなた・・・・ジグルド・クロイツァーさんですね?」

「はい・・・・・・あなたが?」

 極めて省略した誰何に、女は淡いルージュを引いた口元に穏やかな微笑を浮かべて応じる。

「はい、私はエマ・シアーズ。預かっていた物をあなたにお返しするよう指示がありました。どうぞこちらへ」

 エマと名乗った女は俺を先導するべく、先に進みはじめた。

「あの・・・・・エマさん?」

「はい?」

 オイルにまみれた機器も気にならないのか、どんどん先に進むエマに続き、俺は兼ねてからの疑問を投げかけることにした。

「あのACは一体何者なんです?いや、アレすらもか・・・・察するにあなたより上の立場の人が居るみたいだが・・・・・一体誰なんです?何故、俺にこんなことを?」

 エマはこの質問には答えず、先に進む・・・・・・俺の質問は無視かよ!?
 そのまま行き止まりになっている格納庫の一角に近づくと、薄汚れてほとんど壁と同化していたドアが有った。エマがボタンを操作するとドアはスルリと横にスライドし、ちょっとした部屋が現れた。

「どうぞ、こちらへ」

 先にエマが進み、さっきと同じセリフを口にする。

「・・・・・・・・・」

 しょうがない・・・・・進むしかないだろう。ムスっとしながらも俺は部屋に入った。俺が入ると、ドアを閉じた。次の瞬間、独特の感覚が俺を揺さぶった・・・・・・・エレベーターだったのか、ここは。

「・・・・・先程の質問ですが、私に聞かれるより、これからお会いする方に聞かれたほうが良いでしょう」

 てっきり俺は無視されていると思ってたんだが。多分顔に出てたんだろう、クスリと小さく笑って、エマは言葉を継ぐ。

「何分、これは内々のことですから、誰かに聞かれるのは憚りがあるんです。気を悪くしたらごめんなさい」

「ああ、そうでしたか・・・・・・」

 ・・・・・・・・やれやれ。

 しばらくすると、下降を止めたエレベーターのドアが開くと、薄暗い通路に出た。先に立って歩いていたエマの前に、再びドアが立ちはだかった。見たところかなり頑丈そうな扉だ。多分、こじ開けるのも難しいだろう。
 そんな思惑を余所に、エマは横に取り付けられたカードリーダーに、カードキーを通した。電子音と共に、ドアのロックが開放される。

「ここから先はあなただけで進んでください」

「分かりました」

 一礼すると、エマはエレベーターに戻っていった。
 さて・・・・何があるのやら。取っ手に手をかけて、ドアを開ける。見た目通り、かなり重い。開いた先は・・・・かなり広い部屋だ、格納庫ぐらいは有るか?僅かな照明に照らされた様々な機械が置いてあった。俺にはどれも判別がつかないシロモノばかりだ・・・・・だが歩を進めるうちに、次第に機械の形状が見慣れた感じがする物になってきた・・・・・・これは――

「よく来てくれた、ジグルド君」

 男の声が響き渡る。目を部屋の奥に向けると防水カバーで覆われた物体の前に、スーツを着込んだ俺より少し年上くらいの男が立っている。警戒の色を隠さずに、ストレートに問う。

「・・・・あんたは?」

「僕はエルネスト、エルネスト・ウィリアム。最近は“会長”と呼ばれてるよ」

「まさか・・・・・“マスター・レイヴン”!?」

“サイレントライン騒動”を収め、各企業の
勢力拡大に待ったをかけた唯一の存在・・・・ レイヴンを志す者、この世界に生きている者、全てに知られているレイヴン――驚いた・・・・・実際にこの目でみるとは。だが全てのレイヴンを束ねる長という肩書きの割りに、目の前の男は気弱げな微笑で頭を振った。

「そんなに気張らなくていい。僕はただレイヴンとなった君に、プレゼントを渡しに来ただけだよ」

「プレゼント・・・・・・そう言えば、預かっていたと書かれていましたが何です?」

「うん、これだよ」

 手短に言うと、手元に握っていたコントローラーを操作した。モーターの駆動音が響き、チェーンにくくり付けられたシートが捲り上げられる――

「・・・・・・・こいつは!?」

 俺の口は、正直に驚愕のうめきを漏らした・・・・・・
室内を照らすにも、僅か足りない光芒を生み出す蛍光灯にさえ、反射しない黒い装甲に鎧われた存在がそこにあった・・・・・・・ACだ。  細身だが、決して貧弱な印象は存在しない。むしろ、力強さを感じるシルエット・・・・・どことなく、あの時のACに似た印象を与える軽量2脚型のACだ。今は光らないモノアイタイプの主光学センサーが、俺を静かに見下ろしている。

「・・・・・何ですか、この機体は?」

 尋ねずには居られなかった。何かが、俺の頭の中でチラつく・・・・・・俺は“この機体を知っている”・・・・・・・!!

「シュツルム・ティーゲル――10年前、君が乗っていた機体だよ」

 会長は、ただ静かに答えた――そうだ、俺はこの機体に乗っていた・・・・・・気がする。機体に近寄ると、身体が覚えてる通りに機体をよじ登り、記憶を頼りにコクピット・ハッチ開放ボタンを探し当てた。間違いない・・・・俺はこの機体に乗っていたんだ。減圧されたコクピットが開放され、内部を覗き込む――

「あれは、“サイレントライン騒動”に決着を着けた時か、サイレントラインから戻ってくる途中・・・・その機体が大破しているのを、偶然見つけたんだ。コクピットを開けてみれば、子供が乗っていたんでビックリしたよ・・・・・・後は君を病院で治療し――」

「孤児院に預けた・・・・・という訳ですか?」

 俺が答えを引き継ぐと、会長はその碧眼で俺の目を見上げて、頷いた。

「そうだったのか・・・・・どうしてこの機体は大破していたんです?」

 確かに俺はコイツに乗っていたんだろう・・・・だが機体が大破していたというのが、腑に落ちない。

「・・・・・・分からない、周囲には何も無かったからね。戦闘があったのか、君が逃亡してきたのかも・・・・だがこの機体が、君を護り抜いたのは確かだよ」

 視線を俺から機体に移すと、シミジミと語った。俺はコクピット・ブロックに乗り込む。どことなくミラージュ製と思わせる形状の計器や、モニター、一般とはかけ離れたデザインであるシリンダー状に仕立て上げられたグリップ・スロットル・・・・・・グリップにそっと指を添える――途端に計器類が燐光を放ちだし、コクピット・ハッチがスライドして俺を閉じ込める。
 突然のことに驚いたが、慌てることは無かった・・・・・この機体は“昔からそうだったんだ”。

<・・・・搭乗者の存在を確認、本機の“ドミナンス”である事を確認します――データグローブを装着してください>

 かなり小さいデータグローブに、何とか指先だけ押し込む・・・・キツイ・・・・・

<・・・・・確認完了。本機の“ドミナンス”であることを認証しました>

 指紋を何とか読み込んだようだ。さらに計器類は強く光り、今までは何も映されていなかったメイン・モニターに、外界の様子が映し出される。画像はかなり粗いが・・・・
 ジェネレーターがくぐもった唸りを発する。起動したんだ・・・・フット・ペダルをゆっくり踏み込むと、関節を軋ませながらも片膝を突いていた機体もゆっくりと立ち上がろうとして――こけた。金属音を盛大に響かせて、機体が再びヘタリ込む。

「・・・・・・・あれ?」

 な、何故だ・・・・!?その疑問はすぐに総裁が解決してくれた。

<う〜む・・・・やっぱりブランクが長かったか。済まないジグルド、先に言っておけば良かったんだが、この機体はさっきまでほったらかしにされてたんだ>

「なっ!?」

 ということは10年もの間、コイツは整備もされてなかったのか・・・・・どうりで動きが渋かった訳だ。ハッチを開けて、機体から降りる。

「何でほったらかしにしてたんですか!?」

 思わず食って掛かる俺。

「いや・・・・だって君がいつレイヴンになるか判らなかったんだ。もしかしたら別の人生を歩んでいたかもしれないし、何よりそんな不確定要素のために卸す予算はウチには無いよ」

「ぬ・・・・く・・・・・・!」

 そう言われるとそうだ。こればっかりはどうしようもない・・・・・

「そんなに落ち込まなくてもよろしい。変わりに支給された機体を他に回して経費を浮かすから、浮いた分でティーゲルを改修してあげよう」

「・・・・ありがとうございます。会長」

 まぁ、ここまで新米レイヴンに良くしてくれる存在の申し出を断るのも悪い。それに機体に搭載されている機材は全て10年前の旧型だ。とても現在の戦闘には耐えられないだろう。そんな考えとは別に、会長はハッハッハと笑い、切り出した。

「あぁ、会長は止してくれ・・・・・そんな風に呼ばれるのは、議会の石頭共とマスコミだけで十分だ。簡単にエルとでも呼んでくれれば良い」

「はい・・・・エルさん」

「よろしい、ティーゲルは後で上に引き上げさせよう・・・・・ところで、君は記憶を無くしているようだが、自分探しでも始めるかね?」

 ・・・・・いや、それは無いだろう。俺は今の俺に満足しているし、これといった手掛かりが有るわけじゃない。フラッシュバックも、今では収まって他に何も思い出せない。

「いえ・・・・・俺は、今を生き延びたい。まずはコイツを整備してからです、無理に探すより、待ち構えているほうが良さそうですから」

 そう言って肩越しに、シュツルム・ティーゲルを示した。エルさんはどことなく達観した面持ちで、頷く。

「そうか・・・・・それもそうだな。今は爪牙を磨くほうが先決だろう・・・・・わかった、何か困ったことがあったらいつでも会いにくると良い。秘書には話を通しておくよ。もっとも、打ち合わせやマスコミに対する仕事がある場合は保証できないがね」

「ありがとうございました・・・・エルさん」

 相変わらず微笑を浮かべたまま、エルさんは出口に向けて歩き出した。

「気にするな・・・・それより、腹は減っているかい?食える時には食うべきだよ・・・・・戦場は、地獄だからね・・・・・」


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