ありがとう言わないわよ

 

死に際の妻が僕にこう告げた


ずっとしまっておくね、さよならは翳りないから

 

淡々と、その言葉が僕に死を意識させる。

 

夢のあと静かに降り立つ 両手には降り注ぐ(かけら)

 

僕と妻は些細な夢を叶えていた


いつまでもいつまでも抱いて、最後まで笑ってる強さを、もう知っていた


ああ、でもこの感情は何だろう

おはよう目覚めは、眩しくて悲しい

それは夢物語の終わりを告げるからか


さよなら

俺はあいつらを許せない


僕たちの弱さがよかった、ふたりにはありふれた優しさ

その日々はなんて心地よかったんだろう


花のように恋のように移ろう低い雲風を待つ静けさもう聞こえない

時は終わったと。貴様はもう既に悪鬼に落ちるしかないのだと誰かが告げた

 

両手には降り注ぐ(かけら)を、いつまでもいつまでも抱いて最後まで笑ってる強さを、

その強さは何て素晴らしいんだろう

もう知っていた

ああけど、それは既に必要ない。笑みはもう必要ない

もう泣かないもう泣かない泣かない

涙は憎悪に変えて


もう泣かないもう泣かない泣かない

決して泣く事は無く、彼は復讐をするだろう

ごめんね、僕は、いや、俺は、俺と言う人間はこの切断された右腕と共に死んだんだ。

 

 


ast egrets

―――――――最後の断り状―――――――

執筆 三剣 剣一


 

 

 

なあ、何で人は人を殺すんだろうな?

 

 あるテロリストは問うた。

 

何だと? 君がそれを私に問うか、復讐鬼よ?

 

煙草を吸いながら、半ば笑いつつもその男は問い返した。

 

簡単さ。人という種は多種族を殺戮し、繁栄してきた。そして、昨今は同属種さえも殺し、自分のコミュニティを守ってきた。つまり、我ら人族の殺戮衝動の起源は“排他”と“守護”に他ならない。

 

それになにより、人間という種ほど、同属殺し、いや、何かを殺すという事に特化した生物はいまい。我らのそれは、自然体系から大きく遺脱しているだろう。

 

 

 男は全てを壊された。たった、一人の殲滅者に。抵抗なんぞする間もなかった。否、できるはずが無かった。ちっぽけな、矮小で卑屈で非力な“人間”に、どうしてその巨躯を持つ化け物に歯向かう事ができるだろうか。それに彼らの抵抗は銃弾をぶつけるだけ。撃つのではなく、ぶつかる。巨躯を持つものにして見れば所詮その程度の感覚。人が放つ武器なんぞ、羽虫と変わらない。

 もっとも、その殲滅者は気づかなかっただけだろう。市街戦になって放たれたエネルギー弾が偶然、マンションに当たった。偶々命中した。結局それだけだ。

 そんな事を気にかける破壊者はいない。元より彼らは絶対者。戦場における不文律。逆らえるものなどいない。

だから、絶対者を殺す為に彼も破壊者になろうとした。もっとも、結果としてなれなかった。なぜならば、彼には片腕が無かったから。妻と子の亡骸と同時に彼の左腕も亡骸となっていた。だが彼はそれを悔やみはしない。後悔もしない。過去に棄ててきた。ただ復讐に駆られる悪鬼であればいい。だから片腕で足掻いた。工学系の大学を出て、幸い爆発物は作れる。そして彼が試みた事は鴉の巣の爆破。その場所の特定は酷く簡単だ。巣は閉鎖されているわけでもない。故に、指定の場所に仕掛ける事は酷く簡単だ。

準備は出来た。同士各員への連絡も滞りなく完遂した。後は、実行だけだ。

その旨を一同に集った場所で彼は演説する。今回の目的、意義、自分達は正義なのだと。だが、彼は気づかない。彼のしているその行為は、自分がビリヤードボールの九を模したエンブレムを、そして朱に塗られた絶対者がした行為と同じ事だという事を。

 

そんな場所で、喜劇は起こった。

 

 彼の家族を奪った鬼が、そこにいた。警備隊のセキュリティメカは先ほどの炸裂榴弾で壊された、もちろん人の身でそれに抗う事など出来やしない。ただ、泣き叫び死ぬのみ。

血は血で抗うしかない。そもそも、彼がこの道を選んだ時点で彼の運命は決まっていた。

思わず外に出た。彼は愛銃であるM19コンバットマグナムを片手にして、放った。

―――――――――銃声、銃声、銃声、銃声、銃声、獣声―――――――――――――

それは声にならない咆哮。既に獣のそれと何ら変わりの無い叫びを死ながら、彼は武器庫へと移動していた。

死にたくない。今彼の脳裏を過ぎっているのはそれだけ。人は極限状態において本能レベルで行動する。親は子を守り、大人は子供を守る。そんな時の彼らの思考は大抵守護だそうだ。“可能性”を救う。相対的に考えても子供よりも先が少ない自分達よりも、既に可能性というそれがある程度限定されて、道が決まった者である自分達よりも、様々な可能性を秘めているものを助ける。

それは、種としての繁栄を願う、野性的な本能なのだろう。だが、当然ながら、人には生存本能がある。者によって自分の生を願う。結局彼もそうなのだ。全てを棄てたからといって死を甘受できるわけでもなく、また死を望んでいるわけでもない。

逃げつづけろと、誰かが叫んだ気がした。

幻聴かもしれない、その声の主は既にこの世を去って久しい。故にその声が聞こえる事は有らず。けれども、死ぬ前に彼女に会いたいと願ったのは事実。だから、それは幻聴ではなく彼女の声だと思う事にした。

その声で、彼は本来の目的を取り戻した。

悪鬼、修羅、羅刹。彼らには様々な言葉が投げつけられた。その全てを甘受した。それは何のためか。誰の為か。その時の自分は何よって支えられていたのか。その全てを思い出し、また、再度“復讐”という行動を開始しようとして、武器庫に巨躯を持つ大型の二足歩行兵器により放たれたグレネードにより、彼は武器庫と共に爆死した。

あっけない最後だった。惨めで愚かで矮小な、右腕と共に過去を棄てたテロリストらしい最後だった。

 

 

他者を殺そうと画策した者は、いつか自分も殺される。

 

故ニコレハ喜劇

 

テロリストガ愚カニモ生ヲ願ッタ

 

 

逝き先は決まったか? 地獄に着いたら閻魔によろしく言っておいてくれ

 

数分前、死に際に付した仲間に彼が送った言の葉

 

 

地獄ノ閻魔ニ対スル断リモ入レタ

 

後ハ唯、極砕ト散リ、唯死シテ冥府ヘト旅立ツノミ

 

サア散リ逝クガ良イ。惨メデ愚カデ矮小デ、力無キテロリストヨ

 

冥府ニオイテ其ノ魂、無限ナル闇ヘト飲マレヨ

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