時刻はもう夕刻を過ぎ、日は完全に消失し地上の夜が来た。月は煌と地上に静謐な光の恩恵を授け、人々は地上に明るい光を灯してその恩恵に答えた。 ―酒場【夢瑠璃】― 「デュランさんはなんでレイヴンになろうと思ったんですか?あ、これはタブーなんですかね?」 「いやいや、別にかまわねーよ…ってかお前酒強いな…」 酒場の奥に3人の男達がテーブルを陣取っている。 3人の内1人は既に沈没しているようだ。もちろんテーブルに突っ伏して寝ているのは黒月、そして、どこまで酒を飲めるかと言い、いつまでも酒盃を重ねているのはクレスとデュランだった。 先刻まではデュランの専属となったオペレーターのティナと言う女性もいたが夜は色々と物騒なので先に退散していた。黒月はこれはおごりだ、と言うマスターにどんどん酒を飲まされ、倒れた。 「酒くらい強くないとオペレーターにはなれません」 彼らの座っているテーブルには無数の空になったビールジョッキやグラスがあった。 「いや、別に酒強くなくてもオペレーターには…と、話が逸れちまったな。俺がレイヴンになりたいって思ったのは…まあ憧れみたいな物なんだよ」 ―――――――【物語の始まり〜Reven fry to the spring sky〜】Vol.2―――――――― 【精霊と薔薇〜Precious Rose】 ―アーカイブ周辺エリアにて― (そのエリアは電子機器やレーダーなんかを妨害する磁気嵐なんかが吹いててな、俺はその時クレストのMT部隊にいたんだ) 「こちら第二中隊MTパイロット部隊所属デュラン、第三中隊応答せよ!!」 砂塵の舞う中、一機のMT―ギボンが所在無げにたたずんでいた。パイロットは必死に自分の所属している部隊へと通信を送っているが通信機からの応答は無い。 「…クソ、どの部隊にもつながんねぇ!!」 そう言って彼――デュランはモニターから辺りを見まわした。辺りには先ほどまで活動をしていた五機のギボンと、交戦した十機ほどの敵ランスポーターの残骸が地面に散らばっていた。 今日の未明にクレストのアーカイブ防衛部隊はミラージュのMT部隊の襲撃を受けた。敵MTの数は多かったが、ミラージュのMTは磁気嵐の中ではまともに戦えないことから、それほど警戒する襲撃ではないと思っていたクレストだったが、敵は強力なレーダーと対磁気嵐用FCSを装備していて、その日に強力な磁気嵐が吹きぬけたのでは一溜まりもなかった。 クレストの部隊は数で押して来たミラージュのMT部隊によって徐々に撃破されていき、デュランの居た部隊も磁気嵐によって本隊とはぐれてしまい、先ほど遭遇したミラージュMT部隊と交戦した。 「…生き残ったのは俺だけか…」 先の戦闘で彼のギボンはほとんど弾を撃ち尽くし、装甲もかなり危うかった。 (最悪の状況だったんだが、その状況で敵さんと遭遇したから洒落にならなかったな) ランスポ−ターに追い詰められて行くギボン、もともと機動性はMTの中では高いので敵のライフルをある程度回避し続けていたが、視界が悪く、ロックオンさえまともに出来ない。敵ランスポーターのライフルに防戦一方を強いられていく。 「敵はどこに居やがるんだ!」 ギボンはショットガンを乱射する。それが敵にどれほどのダメージを与えたかは分からないが、敵の攻撃が止まった。不審に思ったデュランだったが、その理由はすぐに分かった。砂塵を突き破ってミサイルがギボンに乱れ撃ちされた。 「クッ!!」 ギボンは回避しきれず、2,3発をまともに受け、腕部や頭部を失い、力なく地面へと臥した。 倒れたギボンに砂塵から現れたランスポーターが近づき、コクピットに向かってライフルを構える。 (そんな時に会ったんだ、あのレイヴンに。後方が赤く光った思ったら、次の瞬間爆発音が聞こえてね。それで敵が動揺しているのが分かった。俺は敵が後方に旋回した瞬間に、その時何とか動いた左腕でブレードを使って目の前のMTを撃破した) 立て続けに起こる爆発音、が、迫り来る危険に対してギボンはもう戦う力がなかった。 爆発音が収まった後、しばらくしてデュラン機の前に砂塵の中から一機の薄紅色のACが姿を現した。 砂塵の中、ACの赤いセンサーアイがギボンを捉える。 「識別信号は?」 ACパイロットからの通信が入る。このACが磁気嵐による電波干渉を打ち消しているようだ。しかし意外なことにパイロットの声は女性のように聞こえる。 「ああ、今送る…レイヴンか?」 「必要ない、もう分かった。私はクレストに雇われたレイヴンだ。大丈夫か?」 優秀なレイヴンのようだ。数秒にしてこの強力な磁気嵐の中、こちらと回線を繋ぎ、更に無理矢理MTのシステムにハッキングして識別信号の発信を調べたようだ 「ちょっとキツイかもな」 デュランは、さっきのミサイル攻撃でコクピット内が破損し、身体のいたる所に傷が出来て出血している。実際、意識が朦朧としてきている… 「少し待ってろ」 その時砂塵が収まったんだ。そしてACコクピットが重い音と共に開いて、中から出て来たパイロットが長い金の髪を風に撫でられながらこっちへと近づいて来るのが分かった… 「そこまでだな、俺の記憶は。気がついたときにはクレストの病院の中だった」 「あの時俺を助けてくれたのはきっとあのレイヴンだと思うが…クレストはその戦闘ではACを投入した覚えは無いそうなんだなぁ…そのレイヴンの正体を追っていると言うか何というか」 “仮に雇ったレイヴンでないとしても、なぜあんな戦場に現れたのか”とデュランは呟いた。 「確かに不思議ですね…因みにその機体の特徴とかは?」 そう言ってクレスはマスターから作ってもらったカルーア・ミルクを口に運ぶ。 「確か軽2足にスナイパ―ライフルとミサイル…ブレードを装備してたみたいだが詳しくは覚えてない、ああエンブレムは覚えている、薔薇が描かれていた」 へぇ、とクレスは適当に相槌を送る。 「まあ、気にしないでくれ。どこにでも居そうなアセンの機体だからな」 デュランはそういって豪快に笑う。 「では、遅くなると僕達も色々あるからお暇しますね。今日は楽しかったです。な、黒月」 うぅ〜、と唸る黒月の声が聞こえる。もう人の言葉を喋ってない。 「おう!これからよろしくなクレス、黒月…ってこいつ…完全に潰れてやがる…送ってこうか?」 「大丈夫ですよ。何とか連れて帰りますから」 「ちょっとばっかし気になるが…俺もこの辺りの地理は分からないからな。じゃ、またな!」 「お疲れ様です」 クレスは黒月を無理矢理起こし、マスターに代金を払い、挨拶を告げ、店――夢瑠璃を出ていった。 夜の街に出たクレスは黒月に肩を貸しながら来た道を戻っていき、人気の無いスラムへと戻っていく。 (薄紅色の軽2足に薔薇のエンブレム……) クレスはその機体を知っていた。 神出鬼没で戦場に血の薔薇を撒き散らし、無差別にACを暗殺していく凄腕のレイヴン…その機体の薄紅色は鮮血によって染め上げられたと言う… 戦場から生き残った人々はその機体を畏怖を込めてこう呼ぶ。 ―――『Precious Rose』――――通称【赤薔薇】 |
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