Vol.12

―――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.12―――――――――
【アグリアス〜Aglieshu〜】

無機質な人気の無い通路を歩きながらアリアは無言で歩く。
少々歩き、曲がり角を曲がると、正面にフロアに繋がるゲートが現れる。彼女は無言でそのゲートを開く。
通路の中に、ゲートの先の空洞の中から、人の匂いと共に少々の暖気が入り込む。アリアはその中の巨大な空洞に入っていく。いや、そこは空洞などではなかった。
大勢もの人間が、中央に固定されている巨大な物体に取りつき、様々な外部チェックとシステムチェックを行なっていた。
紛れも無く、そこはACのガレージだった。それもAC十機は入るほどの相当大規模の。

「調整は終わった?」

アリアは作業場所に向かって歩き始め、目の前を走って通りすぎようとした作業員の一人に声をかける。彼はアリアと共に機体に向かって歩きながら、返答する。

「ええ、後は微調整のみです。本当にアリア様は、今回はこの機体で出撃されるのですか?」

その言葉を聞き、アリアは微かにその口元を歪め、その機体を見上げる。

「まさか、再びこの機体に乗ることになるとは…ね」

きっと、その言葉は彼の問いかけに肯定と取れるのだろう。彼は、彼の知っている彼女とは、今日は少々違った雰囲気の目の前の女性を、少し訝しげな表情で見た。

「まあ、仕方ないでしょうね。先ほどの戦闘で、珍しく【リア・ファイル】はスナイパーライフルを失ってますし、他にも装甲の変換等で少々の時間が必要です。こちらの機体は整備は怠ってませんし。アリア様の予備の機体と聞いてますが」

「時間もないですから、今回はこの機体で別にいいのですけどね。機体の微調整は、私が引き継ぎますので、あなた達はダミー依頼作成の準備を開始してください。こちらの方も重要ですので」

「了解しました。あ、エディフィル様は、今日の夜にはこちらに帰還される予定です。先程、連絡が入りました」

「そう、分かったわ」

アリアがそう言うと、彼は仲間のもとへ向かい、微調整を中止し、彼女から指示された作業に取り掛かるよう指示を出しに行った。

「“目覚めの時”まで後少々の時間しかない…あの人が今日帰還しても【黒月】は二、三日は起きないでしょうね…」

彼女は一人になると、誰にも聞き取れないような微かな声で、しかし確かにそう呟いた。
アリアは、ガレージ内特有の、照明の光はあるが、闇の濃いその空間に佇む巨人を見上げる。
巨人は視線に応えるかのように頭部に紅い光を灯らせた。

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カタカタカタ

高鳴る計器の音、手がキーボードを叩く音、それに伴って連動する四肢。低い唸りをあげる金属音。
コクピットの乾いた、そして冷たい匂いがする。

「…………」

コクピットに、今は赤のパイロットスーツを着込んで座ってるアリアは、無言でシステム微調整のために、左手で各計器のパネルとスイッチを操作し、右手で、慣れた手付きでキーボードの上を走らせている。
まだ、明かりの灯ってないディスプレイに、彼女の感情の伺えない顔が反射している。
ブースターの発射口から青い光が発生する。ブースターに火が入り、素っ気無い照明だけが光源だったそのフロアを蒼く照らす。ACが言葉無き咆哮を上げる。
アリアは連動の最終作業をしながら、目を瞑って昔を懐かしむかのような表情を見せる。
もちろん、彼女には記憶が無いのだが。しかし、コクピットの匂いは、彼女の失われた時を思い起こさせ、闇の中で自分の記憶の中に無い戦闘を反芻させる。いや、それらは有った記憶なのだろう。だが、どれも記憶が曖昧で、パイロットの名前などは思い出せない。ただ、戦闘の光景がよみがえるだけだった。
アリアは眼を開けると、キーボードを収め、全ての計器のスイッチをONに切り替える。

CPU『システム、通常モードに移行します』

機械的な音声が響くと、ディスプレイに外部の様子が表示され、コクピット内が明るくなる。作業員が信号を送ってる。動作に支障はないようだ。

「微調整完了、そっちの状況はどう?」

『早いですね。ダミーメール工作の方は大方終了しました」

「そう。判ったわ。連動システム、姿勢制御、火気管制、情報処理共に問題無し。いつでも出られるわ。装備とカタパルトの準備をして」

「起動テストは行わないのですね。了解しました」

この青と黒を基調とした機体を彩る武装が装備されていく。この機体の名は、同族の中でも、一組も同じ模様の者が無い蝶。と言う意味がある。
その名の通り、この機体の武装は彼女の他、誰にも使えないだろう彩りがされている。
MWG-KARASAWA、MLB-MOONLIGHT。共に王者の剣であり、入手困難で扱いに難しい代物だ。故に歴代のアリーナの王者のみに、この名銃を与えられる。
システムが戦闘モードに移行し、ヘッドパーツに紅い火が灯る。

「失われた記憶の中に、あなたとの戦闘光景は無い…セレスティアルスター。あなたに“世界”と戦う力はあるか、見極めさせてもらいます」

ブースターの発動音が段々高くなっていく。ゲートが次々と開き、機体がカタパルトに固定される。

「アグリアス、アリア・レインベル出撃します」

『カタパルト発進スタンバイ完了。今回の目標は強敵です。ご無事で』

カタパルトが射出される。長い地上までの暗い縦穴を、青の機体は駆ける。アリアはカタパルトが外れるのと同時に、ブースターのスロットルを全開にする。
死に絶えた蝶が、再び地上の空へと舞い上がった。

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―異界に消えた友は帰らず
心に残るは決して消えぬ悲哀と焼け付くような焦燥…
右手に死別の花を、左手に虚空となった心を握り締め
今日も地の底から天上の空を見上げる―

「…ここがクレス君の家か」

「落ち込んで自閉症気味になってなければ良いのですが…と言っても、黒月さんが、いきなりあんなことになるとはショックも大きいですよね…」

時刻は昼過ぎ、今日は雲は少なく、中々のいい天気だ。季節はもうすっかり夏に入り、この地域は蒸し暑い。
マンションの住居の入り口に立つ二人の服装も、夏の暑さを考慮したような、シンプルで清々しい服装をしていた。
デュランは隣にいる、夏と言う事でブロンドの長かった髪を肩まで切り、ドレスのような服を来たオペレータ――ティナを目線で一瞥した後、クレスが新しく入居したというマンションに目を移し、インターフォンを押した。しばらくして、インターフォンから返答があった。

『はい』

「あ、俺。デュランだけど」

『ああ、デュランさんですね。ちょっと待っててください。今開けますから』

「おう、ティナもいるけどな」

ドアのロックの外れる音がすると、中からクレスがひょっこりと顔を出してきた。

「ティナさんもお久しぶりです。新しく入居したんで、少し散らかってますが…どうぞ上がってください」

明るい笑顔で、二人を部屋の中へ招くクレスを見て、デュランとティナは不思議そうに顔を見合わせた。


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