Vol.13

―――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.13――――――――――
【それぞれの思い、交錯】

3LDKの部屋の中はクレスの言うほど散らかってはなく、ただ部屋の片隅には部屋のインテリアなどを運んだと思しきダンボールが山積みになっていた。
居間の窓は南に向かって開けており、夏風が緑色のカーテンを揺らす。
台所は居間から少し奥に入った小部屋のような場所にあり、カウンター越しにその様子が伺えた。

「へぇ、なかなかいい部屋だな。俺の所より。うむ」

デュランが一人納得して腕を組みながら呟くと、ティナがそんなこと言ってる場合か、と言わんばかりにデュランに手刀をかました。二人の様子を見、クレスは微笑する。

「二人とも相変わらずですねぇ、あ、今お茶持ってきますので。そこのテーブルの椅子使ってくださいね」

そう言うとクレスは奥の台所へ向かっていった。言う事も言い出せないまま、取りあえず二人はテーブルへと向かう。

「…やっぱり相当無理してますね、クレスさん」

まだ新しい気の匂いのする椅子に座りながらデュランは答える。テーブルは木製で、漆塗りを施されており、触るとテーブルに指紋が残った。

「むぅ、クレス君意外と気にしてないかもよ?坊主のこと」

「そんなわけないでしょ。仮にも長年付き合ってた友達のことなんだから」

「ああ、分かった、分かったからその手を下ろせッ!…まったく、暴力的なんだからモテないんだぜ?」

「あなたの言うことはいつも一言多いんですよ。そんなに冥土に行きたいの?」

端から見れば綺麗な顔に、微笑(中に凄まじいまでの怒気を含んだ)を浮かべながらティナは言った。
しかし、クレスが台所から紅茶を煎れたポットを持って来るのを見て、なんとかその場の怒りは我慢して、椅子に座る。
横でデュランがニヤニヤとしている。このレイヴンにまともに調子を合わせてるとこっちの身が持たないのだ。適当に手を抜いてやるのが丁度良いほどだ。

「どうぞ。アールグレイティーですが」

二人は素直にクレスが差し出す紅茶の入ったカップを受け取る。紅茶のほのかな、しかし強かな香りが辺りに漂い、新しいテーブルの匂いを打ち消していく。

「二人ともホントに仲が良いですね。合ってるって感じですよ。なんだかスラムでの黒月との生活を思い出します」

デュランはギョッとした表情を浮かべ紅茶を飲む手を止め、クレスを見た。

「あー、その…坊主のことなんだが…ひょっとして落ち込んでるんじゃないかと思って心配して来たんだが。なあ、ティナ」

いきなり話を振られてやはりティナも動揺しながら答える

「え、ええ。やっぱり付き合いも長い友達のようですし」

クレスは二人対面するように前の椅子に座りながら答えた。

「黒月のことは全然気にしてませんよ」

確かな意思を秘めた目で彼は二人にそう答えた。クレスの表情は先ほど微笑から微塵も変わっていなかった。

「え?」

ティナはその自然な笑みに一瞬呆けたように呟いた。クレスはその理由を説明するかのように言葉を続ける。

「あいつは約束を破ったことないんです。今回も僕に“帰ってくる”と約束してくれましたし」

「そうか」

デュランはただ一言、そう呟き、紅茶も結局飲まずに再び皿の上に戻した。
あの状況、あの光景を見たデュランは黒月が生きている可能性は無いと思っていた。
もちろんクレスも状況把握については、GCからの報告により知らされていただろう。
黒月には血縁のものがいないと聞いている。クレスによる葬儀も行われた形跡が無く、ひょっとして落ち込んでるのではないのかと思い、来てみたわけだが…

「クレス君は…あの光景を見ても…まだ坊主―黒月が生きていると…思ってるのか?」

「ええ、生きてますよ奴は。帰ってきたら二、三発殴ってやりますけどね。だから帰ってくるまでに僕も今回の一連についての調査をしないとね」

その黒月が生きていることを前提とした言葉は、一切の迷いが無く、またそれは狂信のような気概も持たせるのだが、それでも二人の絆の深さは十分窺い知れた。

「クレス君は強いんだな」

「いえ、信じているだけですよ。あいつはこんな所で死ぬ奴じゃない」

ティナが今回の訪問のもう一つの目的を促すよう目線で訴えてきた。デュランはそれを頷いて答える。

「その、坊主と戦闘した所属不明のACの事で話があるんだが…クレス君は大方の把握はできてるか?」

「赤薔薇ですね。もう既にCランカー級の腕前を持っててもおかしくない黒月を、あそこまで一方的に破壊できるランカーはBランカーでもそうはいないと思います。敵機の動きは正に王者と呼ぶに相応しい戦い方でした」

ティナが口を開く。

「やはり知ってましたか。私もこの人から知らせを受けて、今回の一連について色々な角度から検証してみました。まずその依頼の件。その依頼は完全にダミーであり、GC、キサラギと共に一切関与していません。しかしながら依頼の発信源は確実にGCでした。きっと、こちらにハッキングして巧妙にダミーメールを送ったのでしょう」

「なるほど…大方そういう物かと思ってましたが」

「もちろんGCにハッキングを仕掛けることなど並大抵の人間、組織ができることではありません。しかも、その足跡は完全に隠滅されて、このことはGCの中にも内通者等がいるかもしれない事を示唆しています。ですが、実はこの例は初めてのケースではみたいでして、頻繁に隠滅が行われる事を見るに、内通者の線は薄くなります。こちらもそう簡単に内通者を出すほど甘くありません。GCも徹底して検査をしたその次の日に偽装依頼が出たこともありますし。大掛かりな組織が関わってると見た方が確率的には高いです」

ティナがようやくそこで話を止め、優雅に紅茶に口をつける。
しばし沈黙が部屋を支配したが、少ししてデュランが口を開いた。

「いつか俺が話した事を覚えているか?俺がレイヴンになりたいと思った一件の話だ。あれから俺も知人に会って、俺が遭遇した謎のACの正体が赤薔薇と言う事を知った。そして、坊主とクレス君が遭遇したこの事件と、俺の遭遇した事件が状況的に類似が多いんでな。それで、今回の件も赤薔薇の仕業ではないかという線が出てきた」

「ええ、覚えています。確かに二つの事件とも謎のACと、巧妙に隠蔽された偽の依頼が関わってますね」

「それで、今回襲撃した謎のACが赤薔薇であると、一つの希望が見えてくる」

デュランはその希望とやらを言わず、クレスを試すように言葉を待った。デュランの青い瞳がクレスを凝視する。

「…赤薔薇が黒月の姉…と言う事ですね」

「やっぱそれも知ってたか。坊主は赤薔薇、いや、姉に何らかの形で捕らわれた可能性が出てくる。なにしろ」

デュランは一度そこで言葉を切り、カップに口をつけ喉を湿す。

「回収されたファラウェイの機体から、パイロットの生体反応の記録が消えている。これはハッキングされて消された可能性が高い…単に衝撃でデータが吹っ飛んだだけかも知れんが」

「そうですか。情報ありがとうございます。おかげで少々整理ができました」

「いや、そんなにたいした事はしてねえよ。…同じ試験を受けたレイヴン同士なんだ。俺だって黒月のために多少のことはしねえとやりきれなくてな」

「黒月が消えてもう一週間か…一体どこをほっつき歩いてるんだか」

「取りあえず俺は普段通りレイヴン家業を続けるが、少々派手に動いてみるとする。赤薔薇はイレギュラーを標的にすると言う噂もあるしな。ま、俺程度がイレギュラーになるんだったら、ほとんどのレイヴンはイレギュラーなんだろうがよ」

そう言ってデュランはカラカラと笑い出す。それで場の雰囲気が幾許か和んだ。クレスも極力愛想の良い笑顔を浮かべながら答える。

「サンドガーディアンの評判は日に日に高まってますよ。デュランさんの腕は、黒月よりも確実に上ですし」

「いえ、こんなふざけたレイヴンよりも黒月さんの方が断然強いと思いますよ。何しろ食事をしながら出撃するくらいですし」
「黒月は漫画読みながらアリーナ行ってましたよ」

「…本当ですか」

デュランは二人が他愛も無い話を始めるのを見て、窓辺に映るもう暮れ始めた夏の空を見上げる。

(強い…か)

彼は今でも覚えている。レイヴン試験のあの日、フロアでくつろいでいた彼の前を通り過ぎた黒月との始めての出会いを。
一見したときは何でこんな華奢で女顔の奴がレイヴンに、と思っていた。しかし話してみると、なかなか生意気と言うか、性格に強かな印象を感じた。

(あのミッションのミサイルの雪崩れ込む瞬間、あの時は流石に俺も諦めたが、あいつは違った)

最後の最後までライフルで応戦する、ビルに倒れこんだ初期機体の姿が今も瞼に焼き付いている。

(あの時の黒月は俺の知る何者よりも強かった)

そう、誰よりも遠く―――


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送