Vol.15

蒼穹の空から照らされる陽の光が眩しい。数週間ぶりに拝む太陽の光だった。
エディフィルという男が黒月を連れてきたのは、潮風の漂う海の見えるテラスだった。黒月が手をかけてるフェンスの下には庭園が広がっており、そこに施設で働いているだろう業務員や技術者などの様々な人々が椅子に腰掛け寛いでいて、その庭園の向こうには海がどこまでも広がっていた。
黒月はテーブルの近くにある椅子へと歩み寄り腰掛ける。もう歩く分には不自由しない。
小波の音とカモメの鳴き声の穏やかさは、先程まで荒れていた心の安定剤となっていく。

―――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.15――――――――――
【人の歩み、そして真実の月】

「今、部下に飲み物を持ってこさせている。それまで雑談でもしておこうか。黒月君」

エディフィルが黒月の対面上の椅子に腰掛けながら言った。

「海か、久しぶりに見るな…いや、初めてか?」

「海上に住む我々には海と言う物は見飽きた物だが。まあ、テラスに居る間は十分海の風景を堪能してくれ」

黒月は庭園から目を離し、目の前の男へと視線を戻す。丁度そのとき、侍女が二人にコーヒーと清涼飲料水を持ってきた。
黒月は清涼飲料水を受け取るついでに、風に吹かれた髪が邪魔だったので、何か髪を括れる物を持ってきて欲しいと侍女に言った。彼女はニコリと笑うとそのまま施設の中へと帰っていった。

「海上に住む…ってことは、この施設は人工島なのか?」

黒月は少々驚き、男を見る。

「少々迂闊だったかな。その通りこの施設は人工島だ。因みにオルコット海に漂っているが、付近には強力なECMやレーダージャマーが展開してあるから衛星、或いはGPSでも探知できないようになってる。我々の秘密の隠れ家と言ったところかな。陸からはかなり離れているから、もし君が脱走を図っても海を泳いで陸まではたどり着けまい」

「…なるほどな」

そう言ってまた海の風景を観賞し始める。都会に住む黒月にとってこの風景は珍しいのだ。

(帰ったらクレスと一緒に海に旅行でもしようか)

ふと、そう思いついたとき、黒月はやっとクレスの存在を思い出した。今ごろ奴はどうしているだろうか。無事に帰れたら多分半殺しにされるだろう。

「さて、そろそろ本題に入ってもいいだろうか」

「ああ、構わない。続けてくれ」

潮風が黒月の鋼の色の髪を撫でる。風に吹かれた髪が黒月の頬をくすぐる。随分と髪が伸びてるようだ。
何から話せばいいのやら、と目の前の男が思慮深げな表情をしながら呟いた。
その時、先程の侍女が姿を現し黒月に質素な黒いリボンを手渡した。黒月は渡されたリボンで無造作に後ろ髪を括る。

「君の髪質は母親に、なによりアリアに似ているな」

「母?…母さんと父さんは、二人とも俺が物心つかないうちに、地上の流行り病で病死したと姉さんに聞いたが、あんたは俺の母さんを知ってるのか?」

エディフィルは卓の上に肘をつき、手を組む。

「なるほど。アリアはそう言ったか…私は君の親と知り合いでね。アリアの髪の色は母親譲りだ。彼女―アリシアは太陽のような金色の髪だった。君のその鋼のような黒は父親譲りだな。君は自分の黒月という名に含まれた意味を知ってるか?」

「いや…知らないな。姉さんは教えてくれなかった」

「黒い月は決して現れぬ月のもう一つの姿、その意は月の影。アリアを太陽の陽と例えるなら、君のその漆黒の髪は対を成す月の陰。そうして漆黒の月――黒月とつけたそうだ。彼らはそう言ってたよ」

「姉さんと対照的にね…どっかの民俗学にそういう理論があった気がする。それに因んで名付けられたのか」

「多分な。その君の両親の事だが、君に流れる血筋が少々特殊な家系にあるのを知ってるか?」

「家系?悪いが家族の事は姉さん以外まったく知らない。いや、姉さん自身のこともよくわかってない」

エディフィルは頷き、話を続けた。

「一つ、御伽噺でもしようか。我らの遠く祖先はかつて地上にて絶大な文明を誇っていた。人類はこの地球のみならず、地球圏をも人の住める環境に造り替え、その文明の技術は今と比べるべくも無かったそうだ」

彼が語り始める。どこかしら場の空気が厳かに、いや、どちらかと言うと粘るように重くなった気がする。

「しかし、時が経つにつれて、人類の欲望は留まる事を知らず、次第に身食いを行うようになった。この星の環境のバランスは崩れ、日照り、洪水、温暖化、地震―あらゆる天災とそして人類自身が作り出した兵器により、星は壊れていき、人口は激減していった。そうして人類は地下に移り住んだ。後に人類はこの地下世界をレイヤードと呼んだ」

彼はそう言ってテラスの向こうの蒼海を眺める。

「地下世界は先の崩壊の二の舞を踏むまいと、一つの巨大なシステムに全ての決定権を委ねた。しかし、人が機械に支配される事の軋轢が生じ、その世界も再び変化への道を歩み始めた」

エディフィルの口から淡々と語られるそれは紛れも無く、人類の系譜だった。

「あるところに男が居た。二本足の巨人を駆り、同族の中でも男にかなう物はいなかった。あらゆる者の追従を許さず、男の力は世界を大きく変えた。そしてシステムは判断した。その男が危険だと。しかし、その時同時にシステムも狂っていた。人々はこの巨大すぎるシステムに迷い、或いは、疑念を抱き始めた。ある者は反抗し、それは大きな波となった」

遠くで小波の音が聞こえる。黒月はまるで暗示でもかけられたかのよう、彼の話を聞き入った。

「だが、システムは巨大だった。彼らの力だけではとてもシステムに対抗できなかった。そして時が来た。男は世界を変えるほどの力を持つが故に、その巨大なシステムを滅ぼすために立ち上がった。それが男の生まれついての運命だった。人々がその記憶に地上を忘れた頃、それは訪れた。“管理者”の崩壊。人類は再び空を手に入れた――――」

エディフィルはそこまで言うと、コーヒーを啜った。

「人類は再び再生への道を歩み始めた。だが、巨大なシステム―“管理者”の呪いは残っていた。人が地上を出ると同時に、一人の男が目覚めた。ダンテと名付けられたその男は人ではなかった。管理者の子――悪魔だった」

「人々が平穏な暮らしを営む中、悪魔は静かに、ゆっくりと、隠顕に人々を蝕み始めた。十年後、もう一つの扉が開かれた。未踏査地区の開放――人々が再び混沌の渦に叩き落される中、悪魔は体を手に入れることができた。だが、目覚めたばかりの悪魔を討とうとする者が居た。人が地上を手に入れるきっかけを作ったあの男の子供だった。子供の尊い命と引き換えに悪魔はまた、一時の眠りについた」

風が冷たかった。空から降り注ぐ光が雲にさえぎられ一瞬翳る。彼は黒月の方を向き、その蒼い瞳を覗く。光が再び刺し始めた。そして彼はこう言ったのだ。

「さて、男の二番目の子――君はどうする?」


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送