Vol.17

ただ所在無げに、黒月は自分に与えられた部屋で寛いでいた。この微かな医薬品の匂いと、医療機器の電子音の響くこの部屋には、多分二度と戻ってこれないだろう。
食事は先程終わり、ただ夜を待つだけ。この部屋に窓辺が無いのが少々残念だった。ここで見た海の風景は最高に心が落ち着いた。

(この海の風景も今日で最後か…)

きっと自分は、夜この島を出る。ここの風景、あった出来事はきっと、一生忘れる事が出来ないだろう。
黒月には、帰る場所がある。

―――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.17―――――――――
【青は藍より出でて、藍より青し〜Blurry Eyes〜】

昼も過ぎ闇の濃い夕暮れ、最後に一目海を見ようと思い、防波堤代わりの石段に近づいていくと、そこには先客が居た。夕日に冴える長い金色の髪と、青い瞳を持つ、男の物のジーンズと薄紅色のブラウスを着込んだ女性だった。
彼女はどこまでも広がる夕暮れの海を、どこかもの悲しげに見ていた。

「あんたも…海が好きなのか」

まだ、この女性を姉と呼ぶ勇気が無い事は、我ながら情けないと思いつつも、黒月はアリアから少し離れた横に座る。

「まあね、好きと言えば好きだけど、特に私が好きなのはこの時間帯の海なんだけどね」

前に話した時とは砕けた口調の姉に、黒月は少々驚く。

「俺は昼の方が好きだな。夕日はどこか物憂げだから」

「物憂げ…か。確かにそうかもね。でも、私は日中の光の強すぎる太陽よりも、よく見える夕日の方が好きだな」

少々訪れる沈黙。だが、そこには重い雰囲気は無かった。

「姉さん」

言おうか言うまいか迷っていた黒月が、沈黙を破って出した言葉はそれだった。言った後で自分でも驚く。

「あ、いや、ええと…」

「ん、何か言った?黒月」

この声で自分の名を呼んでもらったのは一体何年前だっただろうか。呆然としている黒月にアリアは言葉を続けた。

「記憶は無くしている。勘違いしないでね。…ふぅ、こういう風に普通の感じに話すのって久し振り」

「俺の姉さんも…そんな風に喋ってたぞ。ごめんな。あんたの事少し勘違いしてたみたいだ」

アリアは微笑し、弟の顔を見る。目が合った。その澄んだ青い瞳は自分のものと同じ色だった。

「勘違いも何も無いよ。今の私が私の全てだから。黒月を殺そうとしてたのもやっぱり私だよ」

そう言う姉の表情は少し悲しげだった。目を合わせるのが耐えられなくなって、黒月はそっぽを向く。

「黒月、今日この島から出るんだってね。…やっぱ、あいつと戦うの?」

「…ああ」

「そっか。嫌なら止めてもいいと思うけどね。私みたいになって欲しくないし」

「止めないよ。俺がやらなかったら、姉さんがそいつと戦う羽目になるだろ。…いつも、人前では感情を殺してんのか?」

姉を一度殺されかけた相手に戦わせる事など、絶対にできる筈が無かった。

「ん、その方が楽な事もあるしね…」

黒月は立ち上がり、姉を見下ろす。

「俺…そろそろ行くよ。エディフィルさん達も待ってるし」

その言葉を聞くと同時にアリアは耐えられないと言った感じに笑い出した。

「な、何?かなりシリアスな場面なのに、なんか可笑しかった?」

「アハハ、エディフィルさんねぇ。やっぱあんた父親に似てるよ。その言葉遣いとか!あいつも大概回りくどい性格で、照れ屋なんだから」

一瞬、何を言われたか判らなかった。だが目の前の姉の言った台詞を、頭の中で、もう一度読み返してみる。すると。

「え…えええええ!!?ちょ、ちょっと待て、あいつは両親の知り合いじゃなくて、俺の親父だってのか!!?」

姉は記憶がない。だが、それでも父を知っていると言う事と、今の言動を組み合わせるとそう言う結論になる。
まさか姉のみならず、生まれて一度もあったことがないと言う父に会うとは、これは流石に驚いた。

「クスクス、ま、昔はどうだったか知らないけど、今ではただのボンクラ親父だけどね。間違いなくあんたの親父だよ」

思わず脱力する黒月だった。いろんな意味で。

「…なあ、姉さん。全部終わったら…スラムに帰って来てくれないか?」

「全部終わったら…ね。私はここで待ってるから」

その言葉だけで十分だった。黒月は頷くと踵を返し、施設へ向かい庭園を走る。最後にあの場所で海の風景を見て本当に良かったと思う。
アリアは弟の後姿を見て、ちょっと嬉しそうにこう呟いた。

「行ってらっしゃい。黒月」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

黒月は無機質な通路を駆け抜け、エディフィルの指定したフロアへと入る。予想はしていたが、そこは巨大なのACガレージだった。
いつぞや見たPrecious Roseの姿もそこにはある。作業員の一人が入ってきた黒月を見つけ、その上司であるエディフィルを呼びに行った。作業員やエンジニアの中には黒月を何か期待したような、懐かしみを込めたような目で見ていた。多分、黒月が今まで余裕がなく、気づかなかっただけで、医者もテラスで会った人達も同じような目を向けていたのだろう。

「意外と遅かったな。黒月君」

「………」

何時の間にか睨むような顔になってたらしい。らしくもなく、エディフィルは黒月の値踏みするような視線に困惑しているようだった。

「な、なんだ。もしかして怒ってるのか?」

「いや…別に…」

「むぅ、私を見ても何もないぞ。取り敢えずついて来てくれ」

取り敢えずエディフィルに付いて行き、辺りの様子を伺う。照明は薄暗く、天井は見えなかったが地面付近の光源は保たれており様子を伺うには支障がなかった。
なるほど。このガレージにはやはりオーバーテクノロジーの燐片が伺え、いくつもの特殊な戦闘機、MTまたはAC用と思われるパーツが有る。

「前に話したと思うが、悪魔は体を手に入れた。ダンテはそれだけで危険なレイヴンと言うのだが、そのレイヴンが自分特有の体を手に入れては、既存のACではまるで話にならなかった。やはり、ポテンシャルの違いすぎる機体には此方もそれに合わせる必要がある。照明を付けてくれ」

突然、闇があったはずのその天井に一つの影が現れる。そう、物体ではなく影だった。

「これは…ファラウェイ?」

黒一色で統一された装甲、右手にライフルを、左手に砲身の長い銃を手にしたその機体は正しく黒月の駆るファラウェイだった。だが――

「あのバックユニットについている悪趣味な羽みたいなのは何だ?」

「このバックユニットこそ、悪魔を唯一倒せるだけの力を持つ、我々の切り札【UWB−KOKUSICYOU】死の気配を読みどこからか集まり、まるで死者を祝福するよう蒼き燐紛を発する蝶を模した――黒死蝶だ」


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