Vol.5

再び降りる沈黙…その中でマスターがグラスを拭くキュッ、キュッという音が酒場【夢瑠璃】に重く響く…

「…そのアリア・レインベルとやらと、『Precious Rose』は同一人物…で良いのか?」

銀髪の男――デュランはその沈黙に切り口を入れ、隣のカウンターに座っている十傑に話しかける。

「一般的には別人と称されてる…。機体のアセンも違うし、エンブレムも違う。やはりアリアと赤薔薇は別人と言う古株もいるが…」

――――――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.5――――――――――
【Eyes on me〜瞳の中の君】

ふむ、とデュランは手を顎に当て、考える表情をする。

「出現した時期が時期だし…な。せめてそのアリアってのは男か女か判らないのか?」

十傑はまくまくとジン・バックを飲み干し、マスターにお代わりを注文しながら答える。

「女…だと言われてる。女性レイヴンの中では史上最強だろうな」

「それなら、俺の見た光景にもアリアというレイヴンが赤薔薇と同一人物と言う裏付けも出来るんだがな…」

それから二人は互いに無口で酒を次々と飲んでいく。そしてマスターと目が合ったデュランは、マスターに向かってぽつりと呟いた。
「黒月がレイヴンになった理由って…やっぱりこのことなのかねえ…」

マスターはただ笑うだけだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「くーろーつーきッ!ご飯まだかい?」

「うあッ!!」

台所で当番の夕食の調理をしている黒月に、クレスが飛びかかり、黒月は持ってる包丁で自分の腕を切りそうになった。そしてクレスに向き直り、そのニヤニヤしている顔をキッと睨む。

「…おいクレス…俺にリストカットさせる気か!?包丁持ってるときに妙なコトするな!!大体、男が男に抱きつくなんて趣味悪いぞ」

憤懣やる方無しといった勢いで黒月はクレスをまくし立てる。対するクレスはそんな黒月の様子など意にもかけず―

「まッ!月下氷人の僕になんてことを!!っていうかさー、黒月その髪切らないの?スラムの人、黒月を女と間違えることもあるんだってさ。その顔で男に抱きつくなとか言っても説得力皆無だよ」

黒月は、軽く鼻を鳴らし、また包丁を握りなおし、調理を始める。艶のある質の良い漆黒の髪は、料理の邪魔にならないように三角巾で結んで後ろに垂らしている。なるほど、元々黒月は男にしては華奢だし、調理している姿は女性に見えないこともない。
「…言ったろ?これは願掛けみたいなものなんだよ」

ハァと溜息をつき、クレスはリビングへと戻っていく。

「願掛けねぇ。その髪ってやっぱり死んだお姉さん譲りなのかなぁ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

半円状のドームの中で二つの人影…いや、人影にしては大きすぎる、ACと呼ばれる戦闘兵器が互いの名誉と金を賭けた戦闘をしている。優勢なのは二刀流の線の細い青黒い軽量2足の機体で、その紫色のブレードを展開し、高火力の武装をしたタンクを側部から切りつけ、その場を離れる。タンクの展開するチェーンガンはその弾道を読まれ、アリーナの地面に虚しくその弾痕をつける。

「くそッ!!なんて回避性能だ!!」

タンクのパイロットは悪体をつきながら垂直ミサイルと4連追加ミサイルを連動して放つ、しかし夜色の軽2足は空中でひらりと上下から襲ってくるミサイルを見もせずにかわす。
そしてそのままOBを発動し、一気に間合いを詰め、再び紫色の光りを腕に収束させる。タンクの機体は右手に装備したハンドグレネードを展開し、敵を近づけまいと放つが、夜色の機体は怯むどころかさらに加速し、すれすれの所でグレネードを回避する。
最後とばかりに左手に装備したブレードを展開するが、それよりも早く、紫色の光がゆっくりとスローモーションのように、しかし正確にタンクの機体を捉え迫ってくる。

…………

時間が再び動きだした。
タンクの機体の左腕と頭部が空中に跳ね飛ばされ、そして思い音を立てて地面へ落下した。
夜色の機体はどういう訳かぶつかりもせずにタンクの後方にてたたずんでおり、その紫の両腕を下方向へ向け、伸ばしていた。

「やはり【C−1の壁】は厚い!!勝者ロア・C・バンズディン!!」

一拍置いてアリーナに歓声が巻き起こる。

―――ロア・C・バンズディン―――
アリーナの中では古株に属し、その実力は既にAランクとも呼ばれている。しかしながら彼はアリーナランクを上げることは無く、ただ現状を維持するために挑戦のオファーは全て受けている。稀に負けることもあるが(セレスティアルスターなど)最終的にはC−1の座に居着いてるため、アリーナでは【C−1の壁】と言う異名を持つ。しかしながらそれは世間の風評が勝手に決めたことがあり、彼自身の心性を現したものではなかった。
彼は待っているのだ、あの時からずっと…そして、彼はずっと停滞しているのだ。あの瞬間から…
そう、彼は既に進むことを忘れた死人(しびと)なのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

帰路に就いた彼に月は優しく彼を包む。しかし彼はうなだれたまま、気配を立てずにまるで幽霊のような足取りで夜道を歩く…
――暗夜行路――
ふと、視界の端が翳(かげ)ったような気がした。彼は顔を上げ、前方を凝視する。
すると自分の前方のからまったく気配を立てず、彼に近づいて来る者がある。

コツ…コツ…

彼がその気配に気づいたのを知ってか、その気配の持ち主は急に自分の足音を闇夜に響かせる…挨拶代わりのつもりなのだろうか…
彼は足を止め、うつろな瞳で近づいて来る人影を見る…

カチャ…

彼にとっては聞きなれた金属音の擦れ合う音が聞こえる。彼は目元を超えた長い前髪の中から、銃を構えた漆黒のコートを着込んだまるで暗殺者のような少女の姿を確認する。

「……フッ…初対面の者に向かって随分な挨拶だな、お嬢さん」

外見に反してなかなか明瞭でよく通る声で、彼は前方の銃を構える少女に話しかける。暗がりになってはっきりとは見えないが、少女はしなやかな黒髪を高く結ってあり、半身になって銃を構えていた。少女の華奢な体格に対しその大型の銃は不釣合いに見えた。しかし彼には少女が相当訓練された銃のエキスパートだということを見て取って判る。気配と…この場に満ちる空気が彼にそう告げるのだ。

「…本当に初対面…かな?」

闇を介してそんな返答が返って来る…しかし、彼――ロアはその声に聞き覚えは無かった。訝しんで彼は闇に語りかける。

「…悪いが、聞いたことが無い声だな…何が目的で俺を狙う…?」

「じゃあ、これを見ると思い出すかも…ね?」

言って少女は半歩、前へ乗り出した。月光が少女の唇を露にし、続いて鼻、目を射状に照らす…
完全に現れた少女の顔を見た瞬間、ロアは深い衝撃を受け、凍りついたようにその場に固まった。
ロアはその顔に覚えがあった、かつて自分が限りなくその愛を誓い、与え、そして与えられた人…その愛しい顔をどうして忘れられようか?
だからこそ彼女が消えた後、彼は彼女に会ったそのままの姿…ランクで彼女を戻ってくることを待ち続ける、と誓ったのだ。そうすることで、彼女との唯一の繋がりが保たれると言わんばかりに…
彼は思わず彼女の名を口にしていた…

「ア…リ……ア…」

確かに彼はその名を語った。少女は微かに口元を歪め、彼に四十五口径の銃を向けたまま、口調を変えてこう答えた。

「弟の、黒月・レインベルと言います」


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