「黒月、そっちの様子はどうだ?」 「至って正常、引き続き移動を続行する」 空は暁光、黎明の光を照り返し、一機の漆黒のACが蒼い翼を開き、天空を駆ける。地上は山麓が連なり、機体の進む先にはまだ小さいが平野が確認できる。ACは呆れるほどの速さで天空を駆ける。その証拠に先ほどまで点しか見えなかった平野がだんだんと開けてくる。 黒月の駆るAC【ファラウェイ】は輸送機から離脱し、今はかなり高高度にある。作戦区域からかなり離れた地点からOBを使用し、急速接近している途中なのだ。 黒月はOBをカットし、ENの回復を待つ。機体は慣性に沿って緩やかに水平投射したように落下して行く。まだ地表へはかなりの距離がある。 黒月は再びスロットルを全開にし、OBを発動させた。 ―――――――――――【邂逅〜Time say good-by〜】Vol.7――――――――― 【漆黒の鳥】 発信者:グローバルコーテックス 件名:キサラギからの依頼です 内容:君にクレストの部隊の強襲を依頼する。場所はアーカイブエリア、先日我がキサラギはアーカイブにてクレストの襲撃を受け、エリアを強奪された。あのエリアは極秘の研究を行なうに最適のエリアであり、何としても奪回したい所だ。現在我が社が所有するMT部隊は別の任務に当っておりこちらに人員がまわせない。そこで今活躍中の君に依頼することに決めた。良い返事を期待してる。 開始時刻:05時00分 敵戦力:上級MT、戦闘機 場所:アーカイブクレスト駐屯エリア ミッションランク:C 前払報酬:50000C 成功報酬:70000C ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ディスプレイに表示されるその文字を確認し、クレスは背後へと椅子を回転させる。 「どうする黒月?この依頼受けるか?」 クレスは背後に立っている黒月に声をかける。 「ああ…明日はアリーナも無い。ミッションを受けても問題無いだろう…」 その返答は明らかに生気を欠いていた。クレスは少し訝しげな表情になり、しかし黒月には構わずディスプレイに向き直りキーボードを叩く。 「作戦開始は4:00からだ。輸送機を手配しておこうか」 「頼む…今日はもう休む」 黒月の表情は前髪に隠れて良く見えない。ずっとこんな調子だ。あの時の夜から…クレスは部屋から出ていこうとする黒月を呼び止める。黒月は微かに振り返り、クレスの次の言葉を待つ。 「最近調子悪そうだが、その調子でミッションを受けられるのか?」 「…それは俺を侮ってるのか?そのくらいの判断ができる頭はある…」 「そうか…余計なお世話だったな。おやすみ」 「ああ、おやすみ」 だが、クレスは今の黒月にまともな判断が出来ているとは到底思えなかった。明かに黒月の精神状態は参っており、先日のアリーナでも動きのキレが悪く、結局消耗戦になり何とか勝ったという冷静さを欠いた戦いだった。 この状態でミッションに出るのは危険極まりない。 あの時の夜からだった。 突然、用事があると言い夜の街に出かけていったあの日。最初はクレスも気にしてなかったが、黒月の部屋を掃除して、いつも護身用に枕の下に置いているハンドガンと、レイヴン試験に受かって、新しく購入した仕事用の外套が消えていることに気づき、極秘に何かのミッションに出ているのかと不審に思っていた。 そして数時間した後、ずぶ濡れで帰ってきたのだ。 結って重くなった髪もそのまま、何事かと心配して話しかけてきたクレスに振り向きもせず、浴室に向かい、雨で冷えた体を暖め、そのまま寝室へと篭った。 あの時から黒月は何かおかしい。しかし彼はその日のことを何も話さず、いつも通りの作業をこなしていった。クレスには、黒月があの状態で、平常の行動を行なうことを、崩壊寸前の人間の仕草ように見えた。 重い溜息をつき、クレスは再びキーボードに向き直り、輸送機の手配のためにGCへ連絡をつける。明日は彼もGCの仕事があるのだ。危なっかしい黒月のサポートをするという。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ファラウェイは天空を駆ける。既に高度は山麓の頂上付近に達しており、自由落下そのままの速度で落ちたら1分とかからず地表へ降り立つことができるだろう。黒月はOBを点火し、さらにブースターを使い高度を維持する。作戦領域が近い。レーダーにCPUに記憶されている作戦領域を示す赤い線が現れる。砂塵は目の前―緑色の木々が途切れ、黄色一色の土地が姿を現す。 「作戦領域に到達、これより敵戦力の掃討を開始する」 淡々と黒月は言う。モードを通常モードから戦闘モードへ移行させようと内蔵されているキーボードを叩く。 ピピピピピ―― 途端にモニターに表示されているENゲージの減少速度が増す。システムが戦闘モードに移行し、機体がフル稼働をし始めたのだ。ENゲージがレッドゾーンに入った所でOBをカットする。これが戦闘前の最後のEN回復になるだろう。今回の作戦は強襲…敵の体制を整える前に全てを破壊せねば。 黒月は再びOBを点火した。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 【アーカイブ クレスト駐屯エリア】 「ん、隊長…近くに熱源反応が…早い…そしてこの熱量…!ACですッ!!距離1万、東部方向から急速接近中!!」 隊長と言われた男は、手に持っていたコーヒーの入ったカップを落とし、報告をしたMTの方を見、立ち上がり驚愕した声を上げた。中に入ってたコーヒーが地面にぶちまけられ、地面からは薄く湯気が立つ。 「なんだと!何故ACが…MTパイロットを全て叩き起こせ!」 その一言で払暁のクレストの宿営地は一斉に慌しくなる。既に日は昇っていたので、そろそろ起きようかという時にその危機は現れた。しかし、この事態は普通の戦闘経過ではありえない事態だった。 「なぜだ…何故この部隊が襲撃されなければならないのだ…」 隊長がそう言う間にも、ACの熱源は急速に宿営地に接近してくる。ミッション目的地へ向かう途中、このエリアを通るといった望みは低いだろう。彼は急いで彼の駆る高性能MTに乗り込む。 「我が部隊はクレストとミラージュの混合部隊!ミッションの都合上、裏切りはありえない、かと言ってキサラギにも我が部隊を襲撃する利が有るはずは…ない」 そう、彼らMT大隊はクレストとミラージュの探索部隊だった。探索目的地は未踏査地区、進軍の途中このアーカイブで陣取っていただけなのだ。大部隊である為、切捨てにしては損害が大きく、かといってキサラギもクレストとミラージュを同時に敵に回せば壊滅は免れない。残る可能性は…GCの軍、または個人的に二社に恨みを持つ者… 隊長がそう思い当たったときだった。まだ戦闘モードに移行していない機体のモニター上部に無数の黄色い光りが映った。 刹那、隊長機が無数の弾幕に飲みこまれ、鉄屑と化した。一帯が砂塵に覆われる。 |
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