――――――――『懐かしき日々〜Perfect Blue〜』Vol.2――――――――― 【瞳の住人】 「――――よう、おつかれさん」 ACガレージに帰還したロアを迎えたのは、戦闘前ロアと言葉を交わしていた作業員のその言葉だった。 ロアは無言でコクピットから出てくる。そして無造作にヘルメットを脱いだ。 「しかしまあ、凄い戦いだったな。十傑同士の戦闘でも、あれだけのは滅多に見られないだろうよ」 そう言って作業員は夜色の機体―――ナイトメアを見上げる。 機体の損傷は激しく、左の肩口からコクピット寸前まで断ち切られており、胸部装甲が強力なエネルギー兵器により奇怪な形に変形し、赤い色に変色していた。 「月並みな賛辞は止めてくれ」 にべもなく、ロアは言う。 「ん、俺は見たままを口にしてるだけだが?」 作業員は不思議そうな顔でロアを振り返った。 「…そうか?俺が一方的に負けてたような気がする」 ロアがそう言うと、作業員は苦笑し、肩を竦めながら答えた。 「あの"アグリアス"と言う機体に、あれだけのダメージを与えた奴は、今までいねえ。腕を切り落とした奴はお前が初めてらしい」 ロアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、リフトから降りて、フロア出口へ向かって歩き始めた。 作業員は機体の修理の指示を部下に伝え、ロアに続く。 「負ければ一緒だ。戦場だったら俺は死んでる」 「つっても、今回のは冷汗物だったぜ?元々ブレードでの切り合いは、戦闘不能の判定が難しくて、事故が多いからな。しかも達人同士の剣だ、左肩切られたとき“ああ、あいつ死んだな”って素で思った」 一度も彼を振り返らず、黙々と歩く。 「あれはわざとだ、わざと。綱渡りだったがな」 と、ロア。 「…今日はもう帰るのか?」 「ああ、シャワー室に寄ってそのまま帰る。機体の方よろしくな」 そう彼に言い残し、ロアはゲートを開き、閉ざした。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 足が震えてる。先程の戦闘のせいだ。恐怖ではない。 極限まで使用された筋力と、極度の緊張から開放されたせいだった。 おぼつかない足取りで、ロアは帰路に着く。今日は、体がかなり疲れてると判った。 空は急速に明るい色を失い、夕闇が立ち込め、夜の様相を見せ始めている。 喧騒と共に通り過ぎる店からは、眩いほどのライトが外へと漏れ出し、街は暗くなりながらも明るかった。 ロアはずっと俯き加減で歩き続ける。すれ違う人々の雑談が、耳に入ってくるが、音として分かっても、頭では理解してなかった。 「―――――のドラマ録画――」 「あー、それ私が食べようと――」 「ねえ、ちょっとそこのお兄さん」 「――今日のアリーナ見――」 「ねぇ見て、あの人凄く綺麗―――」 人込みに紛れ、ぼうっとしながらロアは岐路へとつく。何も考えてないのではなく、戦闘のことで頭が一杯だったのだ。何度も何度も頭の中で、戦闘の光景が蘇える。 そして現実から思考が乖離してゆく。 「――ねえ、ちょっと待ってよ」 あの青い機体の前で、自分の技はことのごとく敗れ去った。なんとなく気鬱な気分だった。今まであれだけの敗北感を味わった事は無い。 気はどんどん塞ぎがちになっていき、意識が霞に覆われてゆく。 だが、思考が停止気味になりながらも、足は勝手に帰路への道を辿ってゆく。そんなときだった―――― 「待てって言ってんでしょうがぁ!!ッ」 突然、“誰もいなかったはずの”横から大音量の声が、耳に入って来、鼓膜を揺るがした。 ロアばかりでなく、通り過ぎる人々も、その声に驚く。 たちまち周囲の視線がロアと、声をかけてきた人物に集まる。 きょとんとし、ロアは話し掛けてきた人物を見る。金色の髪を長く伸ばした17ほどの女性だった。知った顔ではなかった。 女性の顔は、一度見れば忘れる事が出来ないほど、ロアの知る誰よりも可憐で、傾国の美貌を有していたからだ。 「………あんた誰?」 少々の沈黙の後、その女性に向かい、無節操な質問がロアの口から出た。 道行く人々が、その美貌の女性にハッと息を飲み、世にも珍しそうな視線を向け、再び歩き出す。 「だ・か・ら、さっきから言ってるでしょ。よかったら一緒にお茶でも飲まない?って」 「…………は?」 まったく記憶に無い言葉だった。それどころか、目の前の女性とは一面識も無い。 女は露出度の高い服を着ており、至る所から白い素肌が覗いていた。 一見した限り、水商売の女性なのかと思ったが、それを聞くのはあまりに憚られるので、聞かないことにした。 「ナンパか?」 聞くと、女は少々顔を赤らめながら答える。 「あーのね、そういう風にストレートに核心突いてくるって、あんたどういう神経してんの?人目があるっていうのに」 なんだかロアには理解し難い、意味不明のことを漏らす。要するに動揺しているらしい。 「………どうでもいいけど、俺疲れてんだよね。ナンパなら別の人当たってくれる?」 本心だった。そう言うとロアは踵を返しさっさと帰路に着く。 普通の男ならこのような女性からのお誘いがあれば、幸福のあまりに鼻を伸ばしている事だろうが、あいにくロアには―――レイヴンには顕著だが―――少々女性観念が欠落してる。 「ちょっと、待ってってば!!」 「………」 はっきり言ってウザかった。ロアは女性を振り切る為、大通りから外れ、薄暗い裏通りへと向かった。 だが気配消しを行っているのにも関わらず、それでも彼女は目聡く、ロアの後を着いて来る。 意を決したロアは足を止め、背後を振り返る。 「あのさ、いい加減―――」 ――カチャ―― 言いかけた言葉は、その金属音によってかき消された。 「………油断した?」 振り返った目の前には、玩具などではない“人を殺すため”に作られた実銃が突きつけられていた。 ―――冴えきったその蒼い双眸、あたかも月光のような――― にわかには信じられなかった。女にはさっきまでの雰囲気が一変し、凍りつくような殺気が纏わりついていた。 恐ろしいほどの変貌振りだった。萎え掛けていた警戒心が再燃し、目の前の“女”に戦慄する。 「……あんた…誰?」 ロアは先程ともう一度同じ質問を口にする。 彼女はニコリと笑い、突きつけた銃を下ろし、上に向かって掲げる。 「大丈夫、撃つ気無いから。ただあなたの洞察力を見たかっただけ」 だが、それでもその場に満ちる緊張感は解けなかった。 「それと、人に名前を聞くときは、まず自分から」 まるで詩でも諳んじるかのように、リズミカルに彼女は言った。 「……銃を突きつけるくらいだろ。俺のこと知ってるはずだろ」 言うが、彼女は微笑を崩さず、ただロアの瞳を一瞥し、いそいそと銃をハンドバッグに仕舞う。その至極無造作な動作に、なんとなく緊張が解け、溜息が出た。 「……ロア・C・バンズディンだ」 あまり素性をペラペラと喋るのは好まなかったが、目の前の女性には、沈黙するに逆らい難い"微笑"みを浮かべていた。 ロアが名乗ると、彼女はロアに近づいて来、無理矢理右手を掴み握手した。 心臓が飛び上がる。女の手を握るのは初めてだった。動揺するロアを知ってか知らずか、彼女は蒼い瞳でロアの紅い瞳を見つめ、言った。 「初めまして、ロア。私はアリア・レインベルって言います」 俺たちは最初、こんな感じで邂逅した―――― |
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