貴方の所ヘ行かせて 好きなだけ傍に うんと近づいていくの 高鳴る鼓動を感じるほどに そのまま私の話を聞いて 穏やかな瞳に見つめられ どれだけ嬉しかったか 貴方は知っていたかしら 私もそうしていたことを ―――Eyes On Meより――― 俺がアリアと出会って二ヶ月ほどが経った。 その頃、俺たちの住む地上では、致命的な異変が起きていた。 サイレントライン騒動―― 未踏査地区から発せられる特殊な電波により、各企業の実戦投入寸前の無人AC、無人要塞、無人MT―――衛星砲、これらの開発物、または地上の遺物が突然暴走、制御不能になった。 犯人は不明。 一部の者ではAI研究者が犯人だと考えられており、狂信的、又は臆病な者はこう語る。 ―――管理者の呪いであると。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 炎が街を舐め尽くしていた。 大通りの道路に植えられた木々倒壊し、道路は穿たれ、小型のクレーターの様相を露にしていた。ビルは窓ガラスが一枚残らず割れ、吹き飛び、逃げ惑う人々の頭上へ光の洗礼が降り注いだ。 硝煙が強い風に吹き飛ばされ、視界がクリアになる。 会社勤めの中年が、学生が、女性が、そして子供が、モノのように道のそこら中に倒れていた。瓦礫に体の大部分が埋まっており、先程からピクリとも動かないモノすらいた。 火薬の匂いと、錆の匂いに似た―――血の匂いが風に運ばれ、街を漂う。 死んでいるのだ。 大通りを埋め尽くす人々は、死者を見てみぬふりを決め込んで、自らの命を最優先とさせシェルターへ避難するために足を速める。 今、人々の心に根付いている物、それは――――恐怖。 刹那、ビルが、続いて道路が光で炸裂した。その場に停車していた車が、まるで子供玩具のように壊れ、空で――跳ねる。 ビルが半壊し、瓦礫が人々の上に降り注ぐ。 遠くで人々の怨嗟と、絶望と、悲哀の声と共に轟音が響いてくる。 既に生きている者の避難が終わり、人影の見えない大通りに、女が一人ただ静かに歩道に佇んでいた。 視線の先には、ガードレールに背を預けた、左手にネコのぬいぐるみを持つ少女が座っていた。 動かない。 少女は白い頬を、自ら紅い鮮血で染められていた。少女には右腕がなかった。そればかりか胸元心臓部分に瓦礫の破片が突き刺さって、そこから血が流れ、少女の服を重く朱の色に染めていた。 即死状態だったのだろう。 遠くから運ばれる風に髪を揺らしながら、女はただ、動かない少女を見続けている。 上空を何かが、疾風の速度で通り過ぎてゆく。轟音と共に爆風が少女と、女を包み込む。 ――――どうしてだろうね 女は思う。彼女は少女にそっと手を差し伸べ、その何処か焦点の合ってない、虚空を見続ける開いたままの瞼を、閉じさせる。 ふと、女がその行為を行った後、少女の顔が無表情から微笑みの表情に変わった。少女頬に一滴の雫が、落ちた。 「馬鹿野郎ッ何やってんだ!」 突然、女の背後から、男の焦った色の声がかけられた。だが、女は男の方を見ようともしない。 「もうじきここにも防衛線抜けた戦闘機が突っ込んでくるぞ――――おいッ!!」 男は言いながら女の方へ駆け寄ってくる。その身長は高く、赤い髪の男だった。 「聞いてんのかアリアッ!?」 男はアリアと呼んだ女の肩を強く掴み、自分の方へと引き寄せる。金の髪を揺らしながら、アリアはゆっくり男へ振り向いた。 普段見ない壮絶な悲哀を湛えたアリアの顔。目から頬にかけて涙が走っていた。 男はアリアの涙と少女の顔を交互に見て、動揺と苦渋の入り混じった表情を浮かべる。 「―――まだ、小さい子供なのにな……可哀想に。何時の時代も大人の犠牲になるのは……子供達だ……」 「………………」 ロアはうめくように言った。その言葉を聞き、アリアは一層その瞳に大粒の涙を湛える。 「……あたし…」 その後は言葉にならなかった。ロアはアリアの頭をクシャクシャと撫でてやると、その手を取り、アリアを無理矢理歩かせる。 「泣くな―――とは言えないけどな。仕方ない。俺たちには……どうする事も出来なかった」 「………」 「その子の為にも、今お前が生き延びないと、その子はお前を殺すために死んだ事になる……」 普段無口なロアは、論理的な台詞を穏やかな口調で言う。きっと彼なりの優しさなのだろう。 段々と足早になってアリアは、ロアと共に大通りを駆け出す。 だが次の瞬間、ロアは右腕にアリアを抱え、体制を低くし、右側のショップの残骸のある物陰に跳ねた。一瞬後、硝煙と爆風が、先程二人が走っていた道を覆い尽くした。 物陰の中、二人は今まで走ってきた息を整える。 ――――こいつの涙は見たくない。ロアは涙で濡れたアリアの頬を拭う。ロアの腕の中、アリアは顔を上げロアを見る。青い瞳の真摯な眼差しが、ロアの真紅の瞳を捉える。 「……償いは……お前が生き延びて、それからすればいいだろ…?」 ロアの胸の中、俯きアリアは頷いた。それを確認するとロアは再びアリアの手を取り、走り出す―――――― ――――――――『懐かしき日々〜Perfect Blue〜』Vol.4――――――― 【血も、涙も、荒野で乾いてゆけ】 途中、アリアと道を別れた後、ロアは道に乗り捨ててあったバイクを拾い、その足を使い自分の機体が収納されてるガレージへと向かった。ガレージ付近はまだ敵本体が防衛ラインを完全に突破して無いようで、小部隊の攻撃があったようだが、それは展開する防衛MTにより撃退されていた。 今にも瓦礫が崩壊してきそうなゲートの前にバイクを止めると、スタンドもかけずにロアはゲートを開き、ガレージ内へ入る。 「遅せぇッ何でこんなに時間がかかったッ!!」 ガレージに到着して最初の言葉は罵声だった。知り合いの機体整備師の声だった。 言われながらロアは先日修復が完了し、契約しているこのガレージ運ばれた、自分の機体に向かって駆け出す。整備師が走りながらロアを追う。 「悪い。こっちもちょいと野暮用があって―――機体の微調整終わってるか?」 「大半終わってるッOSにお前のカスタマイズ登録はしてないがなッ――――こっちも防衛で二人殺られた!!」 機体の前に来ると、ロアはリフトを使わず、俊敏な動作で機体を駆け上りハッチを開き、私服のまま機体に乗り込む。 「依頼は来てるか?ともかく何でもいいから受理してくれッ」 通信機で整備師と連絡を取る。両手は既にシステム機動のためにキーボードを走らさせている。大雑把に見ただけだが、動作に異常は無いようだ。 「わんさか来てるぜ。現在、半人前のレイヴン達が戦線で出張ってる。今、この街に駐留している手練のレイヴンはテメエと、テメエの負けたあいつしかいねえってーのにッ。適当に受理しとくぞ!!」 システムが通常モードに移行する。 「状況報告を」 「第一〜第三中隊が壊滅、残る第四〜第八中隊は街の周辺―――東南東、東北の方位で交戦中。残る第九、十中隊は防衛突破して街中に入った部隊の迎撃に当たってる。東南東の中隊がそろそろヤバイ」 「了解。半人前のレイヴンと東南東の部隊は、東北と街中の部隊の掃討に当たるよう連絡を取って。俺が掃討するから。それと敵部隊は――――」 「ああ、その通りだ。ミラージュの開発した無人MTどもだ。暴走起こして、ここに攻め入ってきやがったッ」 「クレストの管轄下のこの街に来るって、やっぱ子は親に似るってことか―――」 軽口を叩き、ロアはブースターのスロットルを押し込み、ガレージから機体を出撃させた。 空は蒼穹、現在上空待機中、前方をレーダーと肉眼で確認。 戦闘機とMTの小部隊がこちらに向かって接近してくる。 統一されたその動き――正に心無き兵士達。ガレージの防衛MTがグレネードランチャーを構え、迎撃体制をとる。 『――――――チャージ』 ロアは容赦なくMTに号令を放つ。MTが一斉に黄色のグレネード弾を無人MTに打ち込む。 そして、グレネード弾放たれると同時に"夢魔"――ナイトメアは動き出していた。 移動中、街中で出会う無人機を、一刀の元に切り伏せたナイトメアは今、東南東の戦線の上空に到着した。 ロアはOBを停止させ、機体を下降させながら状況を把握する。 「―――状況かなり悪いな………残り中隊一隊、対して敵数およそ六十か。コイツの装備では少々キツいかな」 『レイヴン――――ナイトメアか!!』 通信回線が開かれ、ナイトメアを確認したMTパイロット達が歓喜の声を上げる。 ナイトメアは防衛部隊と、無人MTの間に着地した。衝撃を吸収し、次の動作でミサイルをMT群に放つ。 「お前達は下がれ、ここは俺が受け持つから。お前達は東北の部隊と、街中の敵の掃討をしてくれ」 『単機でこの数を相手にするのか!?』 ロアが命令すると、防衛部隊の驚愕の声が返って来た。 確かに、この装備で戦闘機と共にMT六十機を相手にするのは不向きだ。しかし――― 「まあ、俺一人でオモチャ相手に遊ぶのも楽しそうだけど――――?」 無人機に対し、明らかに侮蔑を含んだ言葉を返しながら、ロアは無人MTの弾幕を回避し、接近したMT三機を切り刻む。 そこへ戦闘機群が急速接近する。剣戟の初動でナイトメアの回避の動作が鈍るのは必須だ。 しかし、ディスプレイに映るのは、ロアの余裕の微笑――― 「生憎、一人でこの数相手にしようって馬鹿は俺だけではなくてね―――――――」 ナイトメア後方、上空斜め方向から、青い光弾が戦闘機を貫く。 『だーれだろうね、そのもう一人の馬鹿って。あとでゆーっくりと会議する必要がありそうね?』 青いブースター残滓。 青を基調に彩られた機体―――アグリアスはブースターを吹かし、緩やかにロアの背後へと降り立った。防衛部隊はロアがこの場に到着した時とは別の、感動の声色で『憧れのアリア様ッ!!』と、嬌声を上げる。ロアは思う超常現象だ、と。 「―――そういうわけで、あなた達は早く撤退しなさい。ここは私とこの馬鹿で片をつけるから」 『了解ですッ』と防衛部隊は彼女の声色に魅せられたかのように従順になり、その場から引いて行く。 去り際に、アリアの周囲に展開されてるMT群に一斉放火して。ロアは思う怪奇現象だ、と。 「…………洗脳って恐ろしいな」 「なんか言った?無視するけど」 アリアは反則銃KARASAWAで次々と戦闘機を仕留めて、ロアはブレード光波をMT群に叩き込む。 「あたしはここを一人で食い止めるつもりだったんだけどね。まさかロアがいるとは思わなかった。しかも同じ考えとか―――」 「奇人のお前なら突発的な奇行に及ぶと思ってね。先回りして手配しておいた。手放しで喜びましょう」 「その犯罪級な性格の悪さにアリガトウ。ご褒美に語尾にハァトマークでも付けてあげましょう」 「安心して。殺人的に似合ってないから―――コラコラ俺を撃つな、掠った――――上、頼んだ」 「あらごめんなさい。射線上に"突然、偶然"あなたが来るから。私が故意に狙うはず無いでしょ?上、打ち落としたら援護するね」 そう言い残すと青い機体は機体を浮上させ、宙を舞い始める。蝶の一差しの舞と共に、青い光が戦闘機を飲み込んでゆく。 「あー、随分エキサイティングな殺意を感じたんだけどね。まあいいか、こいつらが殺意放った事にしておく」 無論、心持たぬ人形には出来ぬ芸当。 弾幕を回避しながら、先程までの彼女の悲しみが少々薄らいだことに安堵し、ロアは微笑する。 ミサイルと、ブレード光波をMT群に放つ。同時に前進、OBに点火。 「―――――――あれでも一応、俺の大切な人なんでね。お前らには指一本触れさせない」 紫紺のブレードを形成し、ナイトメアはOBを発動させ、敵陣に突っ込む。 今、はっきりと悟った。 彼女に魅せられてるのは―――――自分も例外ではない。 |
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