Vol.6

Must I forget you? Our solemn promise?
Will autumn take the place of spring?
What shall I do? I'm lost without you.
Speak to me once more―――

From "Aria di Mezzo Carattere オペラ アリア"―――――


きぃ、と金属の擦れ合う音を立てて、ロッカーの扉が閉まる。
ちょっと鏡の前まで移動してみて、改めて自分の体を検分する。死を予感させるような、レイヴンだけしか着用できない黒く彩られたパイロットスーツ。
映る線の細い自分の体。黒い装いに、蒼い瞳と燃えるような金髪が冴えている。
その漆黒に彩られた自分の容貌を見て、苦笑を浮かべたりして。

「――――似合わないなぁ」

呟いて、踵を返し更衣室のゲートを開けた。
その動作に伴い、首から掛けた小さな鎖が揺れる。
無造作に垂れ下がってる鎖の胸の辺りに、重心となる綺麗な青い宝石の埋められた指輪が通されていて、宝石が、蛍光灯の光を反射して煌いていた。
指輪を仕舞い忘れた事に気づき、手に取りそれを胸元のパイロットスーツの中に仕舞いこんだ。

――――――

薄暗いガレージの中、ロアは自分の機体の足元の機材に腰掛けていた。紙コップに入ったコーヒーを一口飲む。
秋が終わり、もういい加減寒い季節になってきて、吐息は白く、コーヒーの湯気と混じりあって空中へと拡散してゆく。
その様子を無感動に目で追ってると、耳に足音が響いてきた。知ってる足音だった。
現れた彼女はロアの前まで来ると、隣に腰掛ける。しばしの沈黙。

「―――――――もういいのか?」

「何が?」

彼女が即答すると同時に、彼女の口からも白い吐息が漏れ出した。

「いや、色々な心の準備とか―――あるだろ?」

「……ロアって、何かある毎に心の準備とかしてるの?」

質問してるのはこっちの方なのだが、逆に質問口調で返された。
心配して声をかけたつもりなロアは、なんとなく憮然となり「してないけど」と呟いたきり沈黙する。ロアは彼女が、多少の空調が効いてるが、それでもこの冷えるガレージ内で、パイロットスーツのみの姿ということに気が付き、自分が羽織っていたトレンチコートを彼女の肩にかける。

「あ……」

「着てろ」

自分を見るアリアの視線を避けるように、自分の視線を明後日の方向に向ける。
その時、頭上から知り合いの整備師(そろそろ名を明かそう。リュンクと言う)の声が振ってきた。

『二人とも、サイレントラインの新しい情報が入った。王者が無事、帰還したそうだ』

「……いよいよか。しかしあの戦力を突破するとは、流石は王者ってとこかな」

アリアが無言で立ち上がり、自分の機体の方へ歩いていった。
ロアは、ただその後姿を見ていた。目線の先、アリアが立ち止まる。

「……………ありがとう」

トレンチコートを少し握り締め、ちょっとだけロアを振り返って、アリアは言った。その声は、ロアにしか聞き取れないくらいに、小さかった。
なんとなく頭上を仰ぎ見て、それからロアも立ち上がり、リフトに向かって歩き出す。

――――――――『懐かしき日々〜Perfect Blue〜』Vol.6――――――――
【天使の恐れ】

時刻は昼過ぎ、何故この時間帯に決行を決めたかと言うと、ダンテは昼に活動するというアリアの読みがあったからだ。どうもダンテの目標の"体"は夜には目立ちすぎるらしい。昼は陽の光に紛れて行動しやすくなるとのことだ。
ディスプレイから確認できる光景は、まだ未開発の土地と、半分方砂に埋もれた、何時の時代の物とも知れないビルのような、所々風化ている建造物。
形容するならば―――忘れられた滅びの都市のようだった。
その土地を二機のACがブースターを使い、地面に新しい足跡を残してゆく。
木々が途切れ、建造物の多い地形に入る。もうサイレントラインは目の前だった。

「―――――そろそろサイレントラインに入る」

『ええ』

ロアの機体ナイトメアの後方に、少し遅れてアリアの機体アグリアスが続く。ブースターを停止し、アグリアスが追いつくまでその場に待機して、レーダーで索敵を行う。ロアの広範囲レーダーに反応が出た。
レーダー前方に赤い点が――――輝いていた。

「前方に熱源確認」

アグリアスがナイトメアに追い着く。ナイトメアの方がレーダーの性能が優れているため、アリアはまだ敵機を補足出来てないようだった。
レーダーの反応に変化があった。赤い点が分離して―――

「なっ……敵反応二つ!?一方が此方に接近中」

『きっとダンテの手駒だと思う。敵機補足出来ない!?』

瞬間、前方斜め上空から蒼い光が連続して――――降ってきた。記憶に新しいカラサワの光
スラスターを使い機体を平行移動させ回避する。嫌な予感がした。

「俺が前衛に出る。お前は援護を頼む」

『了解』

OBを発動させ、射撃方向から敵機のある位置へと向かう。
しばらくしてディスプレイにロックオンの表示が出た。
先程までの攻撃は威嚇射撃だったようだ。そして、ナイトメアは敵機を補足した―――

「………ご老体…」

予感は当たり、心中苦い物が沸きあがる。回線を全てオープンにして敵機に呼びかけた。
アリア以外にアリーナで唯一、カラサワの銃器を持つ、白銀の重量級二足型AC――――

『ラストバーニングか……』

アリーナ十傑の一人―――老年レイヴン、シルバーフォックス

『――――いかにも』

通信機越しに、野太い老人の声が響く。白い機体が特殊形の銃器をナイトメアに照準する。

「………何故、あんたがダンテの手駒に成り下がった…」

『…フッ、ロア貴様は私と近しい精神をしておるで、理解(わか)ると思ったのだがな』

「……………」

『あの方は人の頂点に立つ者にして人類の導き。いと御高き存在よ』

『だから何?』

『アリア・レインベルよ、管理者とは人の創りし存在、そしてあの方は管理者の生まれ変わりの御子。我は古き時代に生まれし者。故にあの方に従うのは当然の事よ』

『ダンテの進む道を判って言ってるの?』

通信機からご老体の哄い声が響いてくる。

『…笑止。力ある者に従うのに、何の理由が必要か?』

その時、レーダーに表示されてるもう一つの赤い点も動き始めた。この場を離れるようだ。

『やはり血は争えぬか。貴様は父親とまるで同じことを言う……十年前、貴様の父親のエディフィルも同じ台詞を言って、管理者崩壊を導いた―――』

『………』

『しかし、貴様はそこの小娘とは違うだろう、ロアよ。私はお前の師だからな。貴様のその狂剣、我々と近しい意思―――我の言う事、判っておるのだろう?』

『……ロア』

「…………ああ、判るさ。ご老体の言う事は正論だと思う」

通信機にアリアの動揺する声と、ご老体の勝ち誇ったような声が漏れた。
「判るだけで――」呟いた瞬間、ロアは即座に間合いを詰め、SAMURAIの一振りをご老体にくれてやる。

『……貴様』

「ご老体を止めるのも、また正しいと、俺は思う」

ラストバーニングは物理シールドを掲げ、激しいスパークと共にナイトメアの一閃を受け止め、至近距離で実弾EOを発動させる。

「アリア、コイツは俺が相手にする。先に行け」

EOの攻撃を旋回行動で回避しながら、アリアに連絡をとる。

『……ロア…死なないで』

アグリアスはOBを発動させ、その場から離脱し、赤い点の方角の空を駆けて行く。

『まさか貴様一人で我を相手するとはな。随分と舐められたものだ』

EOが停止し、辺りが静寂に包まれる。間合いは銃器、ブレード共に通用する距離――
未だ自分の届かない十傑が口を開く。

『貴様と言えども、手加減はせぬぞ。師に叛いた報いを受けよ』

「弟子が師に勝てないわけじゃない。"青は藍より出でて、藍より青し"って奴だ」

『フッ、少し見ない内に饒舌になったものだ。あの小娘の色香に誑かされでもしたか?』

「人聞き悪い事言うなって」

両の腕が紫紺のブレードを形成する。

「――――――惚れてんだよ」

OBを発動させる。それと同時にラストバーニングが右手を閃かせ、カラサワの一撃を放つ。

「オオオオォォォォォッッ!!」

超反応―――ロアは紙一重でカラサワの光弾を回避し、ブレードを一閃する。

――――――

サイレントラインの地下深くにある中枢施設への入り口、二つの影がその場に鎮座している。
一方は蒼海の如き青色のカラーリングの機体、目の前の影を正面から捉え、もう一方は漆黒に染められた、暗黒の機体、こちらは半身で青い機体を見据えている。
一陣の風と共に、冬を象徴する小さな落ち葉が、影達の間を吹き抜けてゆく。

「あなたが……ダンテね」

アリアはディスプレイに映る目の前の巨体を見据える。

『この感じ、記憶にある……貴様は……"何"だ』

返ってきた言葉は高くてまだ幼い少年の声。到底目の前の巨体を動かしている者の声とは思えない。

「…レインベルの子……」

『なるほど……犬猿の仲と言う事か…貴様の父親、覚えている……』

「――――始めましょうか」

『潔い…決断だ……だが―――』

目にも止まらぬ早撃ち、しかしダンテの駆るその機体は、その攻撃をいとも簡単に回避し、宙に浮かぶ。
アリアはその行動を読み、アグリアスはOBを発動させ同時に月光を形成し、目の前のACへ急速接近する。いや、もうその姿をACと呼称していいものだろうか―――?

『腕は互角でも……その機体では俺には勝てない』

漆黒の機体が、"翼"を広げる。
全身が戦慄し、第六感がこう警告する。勝てない―――と

――――――

シールドは初太刀で左腕から破壊した。後は切りまくって行動不能に追い込むのみ―――

「チッ!!」

その筈だが敵は十傑。やはり一筋縄では終わらせてくれない。
空中に踊り出たナイトメアに、下からはEOの弾幕、天を射るようなカラサワ、頭上からは垂直ミサイル、追加ミサイルが同時に迫る。
辛くもカラサワとEOを回避するが、垂直ミサイルと少々の追加ミサイルをもらう。
コクピットに重い衝撃が走り、計器のいくつかが吹っ飛ぶ。機体の熱量が一気にラジエーターの限界に達して装甲が融解し始める。
それでも衝撃でボケッとしたままの状態ではいられない。流星群のようなエネルギーライフルの連続攻撃が、落下してゆく自分の機体にセカンドロックして放たれる。
ディスプレイに映る白い機体が接近しながら発砲する容姿に、奇妙な既視感を覚える。

ロアはこの老人が好きだった。いつも大らかな心で豪放な性格の老人。初見は自分のレイヴン試験だった。知り合ってからはこの老人からあらゆる戦闘技術、情報技術、戦場でのノウハウを叩き込まれた。そして今は、立場の違いから師弟関係から、こうして敵対する立場変わった―――

機体を左右に振りながら弾幕を回避するが、コクピット周辺に一撃もらう。
光に包まれ、意識が吹っ飛びそうになるのに耐えて、ロックしたミサイルを放ち、OBを発動させラストバーニングの右側部に回り込む。

『むぅッ』

ミサイル群をラストバーニングがカラサワを発砲させ、打ち落としてゆく隙にブレードの一閃、敵機の頭部パーツとコアブロックに亀裂が走る。だが厚い装甲に阻まれコクピットブロックには届かない。

『…やるようになったな。闇夜の子よ』

カラサワの銃口が向けられる。またも妙な既視感――
至近距離発砲に対し、とっさに左腕でコアブロックを守るが、防御力の薄い腕はカラサワの光に飲まれ崩壊する。しかし、それでも抑えきれずコアの左部分が抉れる。
コクピットの左側の機器が弾け飛び、ロアの体に破片が突き刺さる。

「……俺は…」

二度目の発砲、脊髄反射で回避すると同時に後退し、拡散ブレード光波を放つ。直撃したラストバーニングの機体が硬直し、その間に距離をとる。

『最後にしよう。我が弟子ロア・C・バンズディン』

シルバーフォックス――ご老体は告げた。ラストバーニングが最後のミサイルを放つ。
体が重く、破片の突き刺さった左腕が痛み、意識が切れ切れな危険な状態、だが――

「……俺は…!!ッ」

叫び、自ら魂と、心の内に飼っている狂気という銘の獣に呼びかける。
OBを発動。重い重量感が体に伝わり、骨が軋むように痛んだ。ディスプレイに映るは、迫る追加ミサイル群――――

「まだ死ねないッ!!」

ブレードの一振り、ミサイル群を蹴散らす。光が炸裂しディスプレイから視界が消える。
続くカラサワの光と垂直ミサイルの連続攻撃―――感で接近方向予想し、OBスライサーを使い回避行動をとる。
一瞬前までいた空間を青い光が通り過ぎ、地面に四発の爆発音が立て続けに起こる。
硝煙と光が晴れ、ディスプレイに白い巨体の側部が接近する。千切れかけた敵機の頭部センサーがこちらを捉える。
ナイトメアは残った右腕を突きの体制に構えた。

『……遂に我が壁を超えたか。闇夜の子よ――――』

老人が、言った。

「――――今まで、世話になりました"師匠"」

古き師に別れを告げよう―――
OBの推進力の加わった右腕の紫紺の光が、ラストバーニングのコアブロック装甲を、貫いた。


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